盛岡タイムス Web News 2011年 5月 5日 (木)

       

■ 〈不屈の意志〉県交通・上野聖二社長に聞く 見直されたバスの利便性

     
   
 
震災直後について語る上野社長
 
  岩手県交通(盛岡市)の上野聖二社長に、東日本大震災津波に伴う公共交通機関の対応と、観光の風評被害への対策を聞いた。地震直後の燃料不足の事態には特別ダイヤで運行し、被災地では無料運行しながら県民の足の確保に努めている。観光の風評被害については東北のエリア内の需要喚起による克服を唱える。(鎌田大介)

  -震災直後の運行状況は。

  上野 3月11日は盛岡地区は停電したが夜9時まで運行した。12、13日は運休した。14日から特別ダイヤで盛岡地区だけ本数を減らしてやった。軽油の配給見通しが分からなかったことによる。営業所や国交省には働きかけたが、当社は大口需要でかなり使うので、いまひとつ明快にこれだけ出すとはいかず、いただける範囲はいただいた。結局14日から盛岡は特別ダイヤで、花巻北上地区や県南地区は運休せざるを得なかった。3月21日からある程度軽油が回り始め、日祝ダイヤで花巻、北上、県南も動かすことができた。4月4日から通常ダイヤに戻した。
  仙台の油槽所が被災して持ってこられなかったという話で、日本海、秋田や八戸まで行った。仙台地区だと岩手にローリーで3往復か4往復できるが、遠くなると1往復しかできず運ぶ量が限られたり、油槽所に行っても大変並んでいて、各地から集まって時間がかかった。油があっても運べなかった。
  そうは言っても釜石や大船渡は被災して大変な状況で、すぐバス需要があった。被災した人、救助された人を運んでほしいと。社員も被災しており大変だったが一生懸命やってくれた。

  -会社が被った人的被害は。

  上野 1人亡くなり、安否確認できないのは1人。車両は20台流されて使えなくなった。営業所は陸前高田と大船渡が流された。釜石営業所の中にあった港の方の車庫の待機スペースが流された。工場は大船渡の整備工場がやられた。2人は休みの日で、勤めていた人で亡くなった人はいない。仕事をしている人の方は避難マニュアルに沿ってやってくれていたので被害が少なかった。

  -三陸沿岸の被災地のため何ができるか。

  上野 公共交通の企業なので県や市町村の要請で、被災した人以外に被災地に住んでいる人の足としてバスを出すのが使命。今後何ができるかと言えば日常の足としてどれだけ貢献できるか、当然、自家用車を流出した人のため、少しでも役立ち、地域活性化に寄与するよう、無料で走っている。

     
  岩手県交通の本社ビル  
 
岩手県交通の本社ビル
 
  -観光の風評被害をどう克服するか。

  上野 わたしたち1社では対策に限界がある。風評被害で関東圏から福島を越してくるのを避けたがるようだ。何があるわけでなくても。テレビで大きな余震があるだろうと盛んに言うと、観光ムードは東北に限って言えば非常になくなってくる。行きたい人は西の方に行くのはいたしかたない。福島がある程度安定してくれないと、余震以前の問題で困る。東北の岩手、青森、秋田、山形、宮城の5県である程度こちらで人が動くよう自分たちで近場に遊びに行ってもらうこと。温泉地に入ってもらったり、ホテルに泊まったり、遠隔地から人を運ぶのが難しいなら、足下にいる人をどれだけ動員して、魅力ある商品で遊んでいただけるか。1社ではなくて県観光協会などと相談してやらないと難しい。それをやらないと、じり貧で終わってしまう。

  -新幹線が不通の期間はバスで代替できたか。

  上野 各社で共同運行し15台くらい並んだときは壮観だった。普段は7、8台で、かなり利用が多かった。連休中の利用も多くそれ以上。バスの有効性と利便性が大分お分かりいただけたと思う。

  -復興のため何が必要か。

  上野 被災したわけでなくても生産が滞っている。水産加工がどこまで行くか、それに従事し、生計を建てていた人もたくさんいる。海を利用するのが県の産業で特色だったし、強みだった。そこを何とかしないとなかなか復興は難しいのではないか。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします