盛岡タイムス Web News 2011年 5月 7日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉210 岡澤敏男 藤蔓のルンバ

 ■藤蔓のルンバ

  童話「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」のモチーフが「フジヅル」にあることは冒頭の即興の〈でまかせのうた〉からも察知される。
 
  山のうへから、
  青い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに
    北風カスケ…
  崖のうへから、
  赤い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに
    北風カスケ…
  森のなかから、
  白い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに
    北風カスケ…
  洞のなかから、
  黒い藤蔓とってきた
   …西風ゴスケに
    北風カスケ
 
  この歌のフレーズには「山↓崖↓森↓洞」や「青↓赤↓白↓黒」という類語による対応と、「藤蔓とってきた」という「音韻律」の規則的な反復があり、詩的レトリックとしてもずいぶん凝った歌詞なのです。

  また「西風ゴスケに北風カスケ」の反復詞は、細かくむしった藤蔓をマラスカやボンゴの打楽器のようなたたき台の上で棒でたたきながら歌うルンバ風のリフレーンが連想され、「藤蔓のルンバ」と呼びたくなります。

  そのうえ「青、赤、白、黒」という藤蔓の色彩の歌詞も決して「でまかせ」の色なんかではなく、藤蔓を採取した方位を指示する《色》であると解釈されます。すなわち陰陽五行の配当表に準拠した色相と方位を指すということです。

  長詩「小岩井農場」において「白」「黒」の色相が方角や強迫観念の隠喩として表象されていることが想起される。この配当表によれば「青」の方位は東だから「山のうへから、青い藤蔓とってきた」とは「東の山から藤蔓を採ってきた」という意味です。

  同様に「赤い藤蔓」は「南の崖から藤蔓を採ってきた」、「白い藤蔓」は「西の森の中から藤蔓を採ってきた」、「黒い藤蔓」は「北の洞から藤蔓を採ってきた」との意味であって、藤蔓の色彩が実相ではないのです。タネリの即興の歌は「でまかせ」どころかよくできた藤蔓採りの労働歌というべきです。

  タネリにとって藤蔓採りは、たいへんな仕事だったに違いない。10反の反物を織るには、両手広げた長さのフジを500本、600本も伐ってこなければならないからだ。

  タネリは父親といっしょに各地の藤蔓を採取して歩いたその労働期の思いを一番目の歌詞に歌い込んだが、2番目の歌詞の《けむり》には休閑期ののどかな思いが比喩されているのです。

  作者賢治は、タネリ少年になりきって作品の冒頭に藤蔓採り労働歌を口ずさむとともに、童話のキーワードである「藤布のきもの」に読者の関心を向けさせているものとみられます。藤布を織る伝承をもたない地域でありながらタネリの母親にあえて藤布を織らせるのは、「藤布のきもの」の呪術の必要からと思われる。

  この呪術とは205回で触れた『古事記』の応神天皇紀(中巻)に挿入される「秋山の下氷壮夫と春山の霞壮夫」の説話で、藤蔓(藤葛)で織られた衣装を身に着けた霞壮夫が、フジの呪術によって伊豆志哀豆売(いずしおとめ)と求婚がかなう成功譚です。

  この童話で犬神のいる陰気な森へと誘う大きな鴇の催眠術から、タネリが危うく踏み止どまり得たのは身に着けた「藤布のきもの」の呪術のはからいと推察されます。

 ■フジの繊維からアラソをとる

   (竹内淳子著『草木布U』より抜粋)

  フジの繊維の部分は、鬼皮の内側にある中皮である。中皮を得るためには、鬼皮を剥ぎ取らねばならない。皮の長さの中央あたりに、直角に鎌で切目ををつけ、左右に鬼皮を剥ぎ取っていくと、白い繊維質の中皮を手にすることができる。これをアラソと呼ぶ。

  アラソを両足の親指にひっかけて、手で細かくさばき、フジ蔓五本分のアラソを一束にして二、三日陰干しして十分乾燥する。十分に乾燥したらアラソは、タカと呼ぶ屋根裏の物置で、冬に行う灰炊(アクダ)きまで保存する。

  灰炊きは十一月末ごろから始まる。(中略)灰炊きするアラソは前日から水に浸けておき、これを絞って桶に入れ、湯で溶いた木灰を加えて、手で揉むように灰汁をしみ込ませる。灰が十分にまぶされないと、フジの繊維がやわらかにならない。(以下略)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします