盛岡タイムス Web News 2011年 5月 8日 (日)

       

■ 〈不屈の意志〉東家・馬場暁彦社長に聞く 下向かず顔を前へ

     
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  盛岡市の東家の馬場暁彦社長に、東日本大震災津波に伴う外食産業の対応を聞いた。地震は歓送迎会シーズンの書き入れ時を直撃し、名物わんこそばを一時、振る舞えなかった。近隣の中三盛岡店の爆発事故も重なり緊迫した空気の中、「キープ・ユア・ヘッズ・アップ」とげきを飛ばした。店の雇用を守り、地域の経済復興のため、打って出る姿勢を示す。
(鎌田大介)

 |3月11日の地震後の状況は。

  馬場 送別会や卒業シーズンで、仕出しの弁当などキャンセルになり、直後は経営がどうなるかと思った。

  給与、人件費の減額、閉店や解雇という話も聞いた。とりあえず今の体制でやり、お客さんが来ないのにフルで出勤しても仕方ないので、解雇せず自宅待機の形を取った。沿岸に比べたら物的ダメージは少なく、客足が遠のいたことしかない。皆のコンディションを受け入れつつ、日常を普通の日にするよう努力した。従業員が動揺していたので、努めて明るく振る舞うようにしていた。

  中三の事故は朝から避難命令が出されていて、この負の連鎖は何なのかと思った。英語ではディザスターと表現する。僕には2回目で、ニューヨークにいたころの「9・11」のテロのときと空気が同じ。盛岡は被災地とは言いにくいが、人々が醸し出す空気がそっくりだった。ミーティングでは、そのときと同じフレーズ「キープ・ユア・ヘッズ・アップ」と、「頭を上げ、顔を上げて前に日常を取り戻そう」と、げき文のように示した。

  従業員は全員、努めて通常通りに1日を過ごす努力をしてくれたと思う。3月21日付で新入社員の入社式があり、どうしようかと思った。現存の従業員が自宅待機している。一度入社を決めてOKしているし、送り出してくれる家の人や学校はとても心配していたと思うので、まず受け入れる。「仕事はないかもしれないが入社して」と。さすがに3月21日は無理なので、4月1日付で入社させた。今はわんこそばの給仕を頑張っている。

  |観光やイベントなどの風評被害には。

  馬場 伝統食を守らねばならないし、楽しかったと言うお客さんたちを裏切ることはできない、災害時で情勢が厳しいからと言って。食い放題のスタンスではなく、精一杯のもてなしをするのがわんこそば。そこだけは変えないよう、お客さまが楽しんでくれるつもりでやり続ける。震災直後、わんこそばのお客さんがゼロの日が続いた。盛岡市内の人たちはあまりやらないものだが、友達から電話がかかってきて、わんこそばを30人くらいで楽しくやってくれた。やらねばならないと思った。

  情勢が安定するまでは従業員にペイしていかねばならない。仕出しの弁当はとても注文が増えた。外食や買い物ができる雰囲気ではなかったからか。注文いただいてすぐリピートして、新しいお客さんも相当増えた。そうこうしているうちに学校の卒業式もキャンセルが戻ってきたり、仕出しが来たことが相当大きかった。取材に入ってくるマスコミが多かったので、その人たちが何か一つ持って現地に行くため、おにぎりなど単価が安い物も相当数注文をもらい、それでつないだ。

  通常の3月よりマイナスだったが、惨憺(さんたん)たる売り上げではなく何とか頑張れた。そばは秋田の業者が届けてくれたが、だしはちょうど震災の次の日に注文しなければならなかった。あの状況で注文したら、社長が自分で千葉から新潟、秋田へ来て車で届けてくれた。すごいガッツで感動した。

  |三陸沿岸のため何ができるか。地域経済の復興のためには。

  馬場 うちは沿岸出身のスタッフが多く、彼らの両親も大変な状況だった。山田町まで探しに行きたいというので、この状況で行くのは危険かと思ったが、おにぎりを山ほど持たせて行かせた。幸い人は無事だったという。人々はどんなことが起きても生活していく。僕らが沿岸の人のためという大それたことはできなくても、盛岡でも非日常的な部分をいかにして日常にするか。東京でも飲食店が8割減というところがあるという。ふれあいランドの被災者への炊き出しでは、バスセンターから気仙沼に帰る人たちが寄ってありがとうと言ってくれ、良かったと思った。

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