盛岡タイムス Web News 2011年 5月 14日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉1 鈴木幸一 3月11日は夢の第一歩のはずだった

 この日は長年温めてきた夢の実現への第一歩の日でした。

  宮沢賢治さんは最期の前日(昭和8年9月20日)でも、農家の方の肥料相談を受けており、そのままの遺詠もあります―病(いたつき)のゆゑにもくちんいのちなりみのりに棄てばうれしからまし―。

  農学部の応用昆虫学分野で教育研究に携わり、オリジナルな研究成果を発信するという姿勢で40年間奉職してきましたが、どうしても実現できない重い課題が残っています。賢治さんの作品は今世紀になって初めて理解される偉大なもので、同時に地域のため、とりわけ農業に献身的に取り組んでいました。私どもの研究成果と天才の賢治さんの作品を比較することはできませんが、研究成果を社会のために役立てようという生き方は、賢治さんから学んできました。

  研究成果を論文発表すること以外に、カイコ(蚕)の食餌植物である桑について、「20世紀まではカイコの食べ物に過ぎなかったが、21世紀からはヒトの健康を支えるトップクラスの作物」という学術的な背景に支えられ、「桑食文化」として発信し続けています。

  この考えを実現させたのが、北上市の更木ふるさと興社です。桑葉のお茶とパウダーを生産販売し、地域の農業・産業振興のひとつのモデルとなり、地域における生活の営みの向上に貢献する「桑食文化」を目指しています。

  その動きが各地域に徐々に広がり、北は八戸市、南は福島の南相馬市まで桑を生業にする動きが出てきて、とうとう東北農業の要である東北農政局が興味を示しました。

  3月11日の午後は大学で桑産業に期待を寄せる関係者が集まり、八戸市から南相馬市まで拡大する「東北桑ベルトコンソーシアム(第1回)」を開催していました。

  賢治さんの足元に及びませんが、研究人生の中で賢治さんの生き方を少しでも模倣したいという一念がスタートする日でもありました。

  しかし午後2時46分の揺れが間もなく、2万5千人近い犠牲者と12万人の避難者の引き金になるとは、誰も知る由もありません。もしグスコーブドリ、ペンネン技師、クーボー大博士の3人だったら、この日の被害を最小限にしていたかもしれません。(岩手大学農学応用昆虫学研究室教授)

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