盛岡タイムス Web News 2011年 5月 19日 (木)

       

■ 〈不屈の意志〉
  三和ドレス・大沢孫蔵社長に聞く 岩手をアパレルの供給基地に

     
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 三和ドレス(盛岡市東仙北、大沢孫蔵社長)は、震災後から数日、縫製工場が動かなかったが復旧は素早かった。2カ月が経過したが既に100%稼動し震災前の状況に戻った。入社を予定していて津波に遭った新人社員もいたが、無事に工場で働いている。被災地復興には、ものづくり産業を奨励して雇用を増やすべきと提唱する。
(大森不二夫)

 |被災時の状況は。

  大沢 大きな被害はなかった。11日は金曜日だった。停電したので休業。そのまま通常通り土日の休みに入った。そして14日の月曜から工場を再開した。しかし、次の日の火曜日からその週は仕事ができない状態になった。電気は通ったが灯油が空になり、アイロンをかけるためのボイラーが動かなくなった。石油販売会社から、いつ入るか分からないと言われた。急いでガス用ボイラーを搬入した。今度はガスメーターが入らず仕事ができない状態になった。盛岡工場、二戸工場ともに製造停止。社員全員180人を自宅待機させた。

  |復旧したのは。

  大沢 3月19日から工場を再開した。その後、通常通りの生産を行った。今は100%稼動している。東京の高級アパレル会社からの受注生産オンリーだが、震災前から春物の注文があった。今年は高級品市場は春物生産が長かった。首都圏では被災にもかかわらず春物は売れた。4月からは夏物の仕事をこなしている。6月中旬まで夏物を生産する。それからオールシーズンの秋物の生産に取り掛かる。今のところは前年並みは確保している。ただし、今年の秋物衣料品は高級品も減産となりそうだ。発注先の会社がマーケット調査を行い、秋物の購買意欲が鈍るとみている。電気を使用して製造する絹や合成繊維などの資材メーカーも今後、夏場に向け減産体制になりそう。電力の計画停電が行われれば供給が細る可能が高い。

  |被災した新入社員はいなかったのか。

  大沢 今年9人の新人を採用した。その中の1人に大槌高校卒業の女子がおり、津波に遭った。安否確認がなかなかとれなかった。連絡があったのは入社式が終わった4月3日だった。釜石の避難所にいた。びっくりした。家は流されたという。本人は無事だったが父は行方不明だった。その後、遺体が発見された。会社に来たのは葬式を終えてからの4月10日だった。何も持っていなかった。電化製品をそろえるなどして当社の社員寮に入ってもらった。工場で仕事を始めてからじっと見守ってきた。落ち込むかなと思ったが元気で明るい。今は社員の一人として頑張っている。当社では今年度も新人を採用する計画。沿岸地区の子にも受けてもらいたい。

  |沿岸部の支援策は。

  大沢 雇用をどう創出するかが鍵だ。沿岸部支援のためだけでなく岩手の地域経済全体の底上げをしないと。車もいいが、そのほかのもの作り産業に力を入れる。当社はアパレル産業の底上げに力を入れたいと考えている。岩手をアパレルの供給基地にしてはどうか。工業や商業などの高校生の技能を磨き、技能の高い有為な岩手人をたくさん育成する。

  当社には世界大会にまで出場した技能工がおり、ニナ・リッチなどトップランドを岩手で製造している。抜き取り検査でなく1点1点検査される。そのため品質管理は徹底してやる。そのようなこともあり首都圏のアパレル会社から信頼を得ている。それまで45年かかった。震災前の2月に二戸でアパレルフォーラムを実施し、県内の縫製会社が自社の商品を展示した。首都圏のアパレル会社からも注目された。秋にも開催する計画。産学官がもっと連携して、もの作り産業の育成に力を入れれば雇用は増える。


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