盛岡タイムス Web News 2011年 5月 19日 (木)

       

■ 〈お父さん絵本です〉355 岩橋淳 アンジュール

     
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  一台の自動車から投げ捨てられた、一匹の犬。

  走り去る自動車を全力で追うかれの行動が、それがどんな飼い主であったとしても、かれなりに注いだ愛情があったからなのか、単なる習性であったのか、判断する術(すべ)は読者にはありません。しかし、現実にかれは追い、それは自動車がはるか地平の彼方に見えなくなるまで、見えなくなっても、たどろうとするのです。

  天涯孤独となった、かれの戸惑い。うなだれ、怯(おび)えながらの、かなしい旅の始まり。

  この作品には、いっさい、言葉というものが記されていません。物語は、すべてが読者の内なるものに委ねられるのです。

  延々と、かれの孤独と旅は続きます。見渡す限りの地平線と、せつないまでに広い空。ラフなデッサンには色彩すらありませんが、確かに空は青く、やがて暮れなずんでゆく様子までが描かれていて、かれ(それは、いつしか読者と一体化している)の内面とのコントラストを際立たせています。

  やがて、かれを、ひとつの出会いが待っています。孤独な旅が終わり、新しい旅が始まったに過ぎないのかもしれません。けれど、それまでのかなしみが、出会いのためのものであったと、確かに信じられるのです。

  【今週の絵本】『アンジュール』G・バンサン/作、BL出版/刊、1365円(1982年)

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