盛岡タイムス Web News 2011年 5月 21日 (土)

       

■ 〈不屈の意志〉東日本機電開発・水戸谷剛社長に聞く これからの2年間が大事

     
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  盛岡市の東日本機電開発(水戸谷剛社長)は電気機械器具製造、特殊肥料製造を業務とする。現在は被災地の設備の配電盤の製造や整備に忙しく、復興の一翼を担う。震災直後は自前の発電機で設備を動かし、停電の中でホームページを更新するなど県内外への情報発信に努めた。水戸谷社長に東日本大震災津波に伴う対応と、地域経済の見通しを聞いた。 (鎌田大介)

 |震災直後の状況は。

  水戸谷 幸い直接の被害はなく、現場用の発電機があったので、うちが大丈夫だと発信するため発電機を回してホームページを更新した。関西方面のお客様もいるので「大丈夫」と。幸いネットワークは生きていて、それしか外に案内する方法はなかった。

  翌週の月曜は出社させたがガソリンの問題が出てきた。うちはインフラ関連の仕事があるので要請があれば動かなければならない。集まって情報収集する。ガソリンがなく現地に直接出向くことはできなかった。お客様から次第に連絡が入り始めていたので、社内にある上下水道関連の在庫を使いながらやった。一番早かったのは久慈の生活排水だった。最初はある部品でできる限り。物流があの通りだったのですぐ在庫を確認し、その日のうちに言われた物を探して出した。

  3月は結構工期が集中する時期。わたしたちが完成させなければお客様も検収できないので、やらねばならない物を判断して工場製作に次週から入った。お客様も被災していた。納めた物がいったんお客様の工場に入った段階で被災し、もう一度作り直さねばならないものがあった。しかもそれが農事用。農業用水に使うもので4月中に何とか間に合わせなければいけない。困ったのが部品の入手。今までの調達ルートだけでなく全国あちこちに連絡して納めた。

  |三陸沿岸の農業のため何ができるか。

  水戸谷 農業関連で流されたのは農業研究センターと共同研究していたイチゴの交接栽培システム。高田、住田の気仙地方は昔はイチゴの産地だった。今は衰退していて課題を解決するために研究開発していた。農地が津波にやられて除塩が必要とか、がれきの撤去が必要とかいう話には時間がかかる。

  そうした中で一部の農家が早く復旧したいと言っている。それがトマトやイチゴをやっている農家。交接栽培は土壌と分離したところでやる栽培システムで、早期に復旧したいとき役立つ。今年の夏ころから販売を予定していた。県との契約もあったが、早期に役立てていきたい。

  |県内経済の復興のため何が必要か。

  水戸谷 被災地を中心に早く中小企業が動けるようにすること。そのために何が必要かと支援が必要な物は支援する。ただ仕事がなくなると間違いなく人がいなくなる。早く生活ができるためには仕事が必要。早急に立ち上がらねば地域自身がなくなってしまい、負の連鎖になる。

  見通しははっきり分からないが、うちも6月決算で来期に向けた計画作りをしている。現時点での情報の中で方針を立てる。震災や原発の影響はまだ明らかになっていないが、それを把握する。会社の中では安全対策を含めてその情報を共有する。

  その中でわが社にかかるキーワードは電力の需給と復旧復興。今の仕事の領域では公共事業の比率が高い。直接うちが入札しているわけではないが、インフラ部分が大きいのは確かで、これがどうなるか。ただ前々からどんどん小さくなる市場だと言っている。

  社内的には震災は続いているという意識が必要だ。わが社にとってこれから1、2年は一時的に関連する市場は大きくなる。ただその対応のため全国的に公共事業の予算は凍結され、減らしている。2次補正は赤字国債発行と考えると、需要が終わったあとは今までにないくらい極端に市場がなくなると認識する。

  2年後は今の市場の仕事はなくなるというつもりで、これから2年間に何をしなければならないかは会社として大事。そのキーワードは電力需給問題に端を発するエネルギー。原発事故の終息は分からないが、エネルギーそのものに対する考え方が根本的に変わる。単純に短期的なこの夏の需給対策だけでなく、それに対して適切にお役に立てるかが会社の方針になる。

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