盛岡タイムス Web News 2011年 5月 26日 (木)

       

■ 〈不屈の意志〉 川口印刷工業・吉田幸一会長に聞く 経済を回転させないとダメ

     
  震災の印刷業界への影響を語る吉田会長  
 
震災の印刷業界への影響を語る吉田会長
 
  盛岡市の川口印刷工業の吉田幸一会長に、東日本大震災津波が印刷業界に与えた影響について聞いた。吉田会長は県印刷工業組合理事長。設備の被害、資材の不足、発注の減少というトリプルパンチに多くの業者が打撃を受けている。県内経済回復のため、発注の減少をもたらすイベントの自粛、国、県の明確な復興ビジョンの提示を求める。(鎌田大介)

  -震災による業界の被害は。

  吉田 内陸部の被害は建物と機械の一部損壊や移動、横転。11工場で機械が移動、横転した。沿岸部は社屋、工場、機械の全壊半壊。機械が流された。全壊は陸前高田、大船渡、釜石、宮古で計4カ所。亀裂が入ったり建物が曲がったりは6カ所ほど。全壊の所では何dもある機械が、高田の印刷工場で200bほど流されて見つかった。あとは釜石の岩手東海がやられた。内陸は県南が4月7日の余震で大きな被害を受けた。
  機械は10a動いたら使えない。水平を計らねばならないし、移動がどうなったか計り、すぐメーカーに手配して来てもらうよう頼んだ。メーカーにガソリンがなく、宮城県も被災して3、4日かけて来た。わたしたちは5日目あたりから稼働した。

  -資材は不足したか。

  吉田 紙は石巻の製紙工場の日本製紙、八戸の三菱製紙が津波でやられ、南の方から持ってくるしかない。われわれも全国組織に供給してくれと頼んだが、紙はすぐ来なかった。仙台の紙卸屋も被災し、積んでいる紙が崩れてめちゃくちゃになった。紙はへこんだら使えない。良い紙と悪い紙を整理して出荷しようとしても、あの地震のさなかでなかなかできなかった。
  紙を作る機械はそろそろ動かせるようになり、関東から寄こしたり、代理店や紙の卸屋は東京から持ってきてだいぶ、資材は供給できるようになった。うちは4、5カ月分の在庫を持っていて、それほど困らなかったが、紙の種類によってはある物とない物があった。インキもなかった。材料が入らず、配送がうまくいかず、物が関東にあってもこちらまで持って来られない。現在はもとに戻りつつある。3月は官公需の書き入れ時だったのに、これほどひどい被害は今までなかった。

  -イベントの自粛で印刷物の発注がなくなった。

     
  盛岡市羽場の川口印刷工業  
 
盛岡市羽場の川口印刷工業
 
  吉田 ほとんどの印刷物がキャンセルされ、作っても使い道がない。主にチラシや宣伝物、会社案内、観光パンフはストップ、キャンセルされた。やむを得ない事情だから受け入れたが、3月だけで何千万分。統一地方選に向けた印刷物も予定されていたのに、選挙が延期になり、前に作った物が使えなくなった。震災に関する公約が入っていないので、使えないと言われた。
  商工会議所や同友会で言ってるのは、自粛は2次災害になる。企業活動を冷やすので、自粛はしない方が良い。さんさ踊りなどイベントはやった方が良い。全国の印刷業の集まりでも、自粛しないでできれば東北で会議を開いてほしいとお願いした。どんどん仕事量が減っているのは大きな問題。
  2008年のリーマンショックのとき仕事が減り、去年10月あたりからは盛り返していた。輸出や製造業が伸び、周りが良くなってきたムードがあって3月は前年対比20%ほど増えると見ていたが、それが震災でどんと減り、前年対比で55か60%しかなくなった。このままの状態が続くと成り立たなくなる。もう少し経済が回転しないとだめだ。
  それには沿岸の漁業や農業、役所の仕事が一段落しないと、そこまで行かないかもしれないが、人的物的な支援するとともに、イベントは今まで通りやった方が良いと思う。

  -三陸沿岸と県内経済復興のため何ができるか。

  吉田 わたしたちにできることは義援金を募ったり、仲間の仕事を何とかすること。国や県の復興ビジョンがはっきりしないと現地の動きが取れない。今のところに工場を建ててよいのか。精神的な支援はできるだろうが。
  被災地も2カ月も3カ月も避難生活していたら大変だ。早く国の復興計画ができて、どこに家を建ててよいのか、早く出してほしいと県や国にお願いするのが支援になる。被災した沿岸部はともかく、他の所は平泉のことでも動くので、風評被害をやめさせるPR活動をした方が良い。


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