盛岡タイムス Web News 2011年 6月 2日 (木)

       

■ 〈不屈の意志〉盛岡総合ビルメンテナンス・伊藤英明社長に聞く 業界は内陸も打撃

     
  震災後の状況を語る伊藤社長  
 
震災後の状況を語る伊藤社長
 
  盛岡市の盛岡総合ビルメンテナンスの伊藤英明社長に、東日本大震災津波に伴うビル管理業の対応を聞いた。伊藤社長は県ビルメンテナンス協会会長。業界は地震直後、盗難防止など警備に万全を期し、被災地の復興現場に人手を投入した。伊藤社長は今年初め、ニュージーランドのクライストチャーチを訪れ、昨年から続く震災被害を目の当たりにした。盛岡出身者を含む留学生が犠牲になったビルを見学し、帰国直後に倒壊の報に接して間もなく、東日本大震災津波が地元を襲った。(鎌田大介)

  -ビルメン業界の被害は。

  伊藤 協会会員は釜石の会社の社長、会長さんが亡くなった。皆さんを避難させてタッチの差だったという。社屋の被害は営業所を含めて釜石、陸前高田、宮古など。社員も亡くなった。
  仕事がなかなかできず、建物が残ったところは仕事できても、そこで働く人が出勤できない、亡くなった、家族が流されて探しているなど、業務自体が元に戻らなかった。そのうち消毒業務の仕事が徐々に出始め、建物の周りのがれきの片付けをかなり業界でやった。県立病院など大きな建物が海の近くにあったので、建物管理や設備管理の対象を失った。

  -地震直後の警備は。

  伊藤 警備をするにしても、警備用の車のガソリンを確保できなかった。なかなか緊急車両に民間の警備はなれず、少しアピール不足だった。そういうことに応えられない状態が1週間続き、その後、緊急指定を受けて円滑にできるようになった。
  銀行の警備ではキャッシュの箱だけあったり、初めからそれを狙う者がバールを持ってくるかもしれないというので警備警戒した。よそからだいぶ来たようで土地の者ではない。連携を取る警察自体が大変だった。捕まえるまでに至らないケースもあったという。

  -三陸沿岸のため何ができるか。

  伊藤 業界からも県の協会に全国の仲間から約1千万円の支援金が来た。それを沿岸の被災企業に出したり、全国から寄せられた物を配ったり、調達した物を被災企業に直接持って行った。
  今年は世界ビルメンテナンス大会がニュージーランドであった。大会から10日目くらいにクライストチャーチに地震があった。そこにも行った。ニュージーランドなどの業界から支援が来て、被災地の小中学校に清掃用資機材を贈呈する。全国からお金だけでなく清掃用資機材の提供をもらい、ユネスコに選定をお願いして配り始めている。

  -クライストチャーチではどのような状況だったか。

  伊藤 あのときは留学生たちが亡くなったビルのすぐ近くのホテルに泊まった。向かい側に15階建てのホテルがあり、昨年9月の地震でひびが入り、立ち入り禁止のところが何カ所もあった。あそこのビルはかなり傷んでいて、最後のとどめだったと思った。
  留学生が入ったビルも補修していたし、いたる所で補修していた。足場を組んだり道路にがれきが落ちていたり、復興中だった。南半球に行って1週間違いで難を逃れたような気がしていたが、まさかあれを上回る地震がこちらで起きるとは思わなかった。ニュージーランドに対して全国組織でお見舞いしていたのに、それを上回るお見舞いをしてもらわなければならなくなった。

  -東北復興のため何ができるか。

  伊藤 内陸部のリゾートホテルには業界からかなりの人を送り込んでいる。清掃やベッドメイク、調理など。それが1カ月2カ月、営業中でも避難民を受け入れるまでお客さんがいなかった。業界も内陸部でかなり被害を受け、売り上げは相当減るので、どう歯止めをかけるか。震災絡みの復旧事業の一部分でもカバーできれば良いので今、模索している。
  新築のビルも工事が止まり、新規も見込めない。沿岸を中心に悲観的な見方がある。戦後の混乱期に新しい商売や知恵を発揮した新業態、新分野を創出した例があるので、もう一度締め直して一から取り組みをしたい。


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