盛岡タイムス Web News 2011年 6月 5日 (日)

       

■ 〈グラフ〉漁業者ら上空から古里確認 山田湾、現在の風景

     
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  広範囲に津波が襲った様子が分かる山田町の中心部。中央右寄りにJR山田線の燃え尽きた駅舎が見える。一帯は火災で黒こげになった
 

 東日本大震災津波で多くの被害が出た山田町で3日、被災者が自衛隊のヘリコプターで上空から震災後の町の様子を確認するふるさと確認が行われた。漁業者、自治体職員、消防団、商工会などの関係者61人が参加。津波によって破壊された漁港や市街地などを目に焼き付けた。

  山田漁港を飛び立った直後、窓に映った光景は一部の建物を残してがれきが撤去されて更地となった山田の市街地だった。ヘリが上昇すると次第にカキの養殖いかだが浮かぶ山田湾の全景が見えてきた。約15分間のフライトでは山田湾を1周するように大沢、山田、織笠、船越と各地域を回った。

  眼下に広がる山田湾は青く美しく見えたが、漁業者は普段とは違う変化を感じ取っていた。「普段はもっと澄んで、底が透けて見えるようだ。ヘドロがあるのかもしれない」。それでも震災直後の黒く濁った海に比べるとだいぶ透明度は戻ったという。

  船越湾漁協(佐々木壽一代表理事組合長)理事の山崎浩喜さん(65)は「自分は仙台まで走って陸前高田とかも見ているから、高田はひどいと思ったが、上空から見たらどこも同じだ。秋からというつもりで準備をしているが、何もないところを見ると海に出るのがおっかない」とすべてを奪った津波の恐ろしさを実感していた。

  現在、町内の弟の家に身を寄せている山崎さん。「上空から見て、田ノ浜に入ったとき海辺にポツンと瓦屋根の家があった。あれが自分の家。鉄骨だけが残っている状態だ」と変わり果てたわが家を上空から再確認した。

  4月から山田町の職員となった佐藤麗奈さん(23)は、父親の実家が山田で毎年帰省していた。「目に見えるものをしっかり覚えておこうという意識で乗った。海はそのままあるが、がれきが流出して汚れてしまっているところがあり、本当に元に戻るのには時間がかかると思った。きょう見たことが直接役場の仕事に生かせるわけではないが、改めて気持ちを引き締めて頑張っていかなければ」と役場職員として復興に携わっていくことへの意気込みを強くしていた。

  (泉山圭、写真も)


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