盛岡タイムス Web News 2011年 6月 8日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉232 伊藤幸子 「運転歴」

 最終電車の運転士さんの奥さんがクルマでぽつんと迎へに来てゐる
                            清水良郎

  「短歌生活2号」角川現代短歌集成賞より。本日、偉い先生の送迎に盛岡駅まで車を運転した。帰途、自動車学校の教習車のうしろについてしまった。「ワァー、先生方も大変だなあ」と思いながら、わが運転歴をかえりみた。

  忘れもしない私が自動車学校に入校したのは、平成3年6月3日、雲仙普賢岳噴火の日だった。昼は働いていたので、夕方5時すぎ、学校のバスに乗せられて教習所へ。その日、バスのカーラジオで九州の火山噴火、火砕流で多数の死傷者の出た惨事を知ったのだった。

  山形は米沢市で、45歳の会社員の免許取得奮戦記は今思い出しても恥と笑いがいっぱい。本人大まじめのところが何よりおかしい。第一、マニュアル車とオートマ車の違いも知らず、「クラッチって何ですか?うちの車にはその踏むとこ、ついてないんですが」なんて言って教官たちに笑いのタネを提供したことだった。

  教習課程も進み、ある日教官が「え・す・が・た」と、S型走行を指示されたのに私が過剰反応して噴きだした。なんのことはない落語の「絵姿女房」を思い出したのである。

  むかしある男、それは美しい妻を得て、仕事にも行かず嫁さんの後をついて歩くので、妻が絵姿(似顔絵)を持たせた。男は大喜びで畑に行くが、風にあおられてせっかくの絵を飛ばしてしまった。それが城下見分の殿さまの目にとまり、召しだされてしまう。ところがこの嫁ご、殿の御前では笑うことのない女だった。そこへ桃売りの男(実は夫)が現れて、「笑うた笑うた」めでたしめでたしというお話。

  私は今日、助手席の大先生に噺家きどりでこの「絵姿女房」を語った。偉い方の偉いゆえんは決して「その話、知ってます」なんて言われないこと。「語り手によって、味わいが異なりますから」と春風駘蕩、快い雰囲気に包まれる。

  いつのまにか私の運転歴も20年になった。入校日からまる2カ月で、天童市の免許センターで検定合格のランプがついた時の感激は今でも忘れられない。ふとした旅のご縁で知り合った鳥取県警の方には即日「合格おめでとう!」と電話をいただき驚いた。

  ハンドルを握って20年、一日として運転しない日はない。「絶対に他人を乗せるな、家族もだ」との夫の口ぐせを遺言のように思い出す。車はこの上なく便利で、たまに助手席がふさがると有頂天になるけれど、全方位点滅信号に注意して安全運転を心がけている。
(八幡平市、歌人)



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