盛岡タイムス Web News 2011年 6月 8日 (水)

       

■ 〈不屈の意志〉純情米いわて・高橋謙治社長に聞く 直後から注文殺到

     
  震災直後の状況を語る高橋社長  
 
震災直後の状況を語る高橋社長
 
  盛岡市の純情米いわての高橋謙治社長に、東日本大震災津波の対応と、今年の米穀の流通の見通しなどを聞いた。震災直後は消費者が買いだめに走り、店頭からコメがなくなるなどした。電力が回復したあとはフル操業で出荷し市場の沈静を図ったという。市場流通の早期の正常化による安定した供給を目指している。(鎌田大介)

  -震災直後の状況は。

  高橋 県から沿岸部の支援物資の中継基地にしてほしいと要請があり、12日から県職員が駐在して物資の中継と受け入れ、沿岸部への搬送の手伝いをした。社員はフォークリフトを動かした。13日の昼前後に電気が回復し、その間に大きなずれは社員が直し復電してメンテナンス業者を呼んで修復した。14日は月曜日で試験運転して問題なく流れたのでそのまま操業に切り替えた。
  その間、注文が殺到してフル操業した。1日100d平均で普段の2倍の製造で1週間、土曜日は全員出勤、日曜日は休んで月曜日は出勤した。ある程度めどが経ち、20日は休みで、21日の春分の日は全員出勤で注文に対応した。その週の半ばにはコメが行き渡ったのであとは通常の操業に切り替えた。
  スーパーの棚になくなったことが買いだめに走らせた。電気が消え、食べ物の不安からコメに限らずさまざまな商品の買いだめに走っていた。1週間か10日で生活は平常に戻り、その後は買いだめの反動が起こった。震災後10日間くらいは当社の製品が出たが、その後、1カ月から1カ月半はその反動が出た。反動の要因には4月5月は買いだめの在庫があったこと、全体的に沿岸部に支援物資が行き渡り、わたしどもの通常の米販売取引の分が支援物資に置き換わったことによる。

  -県内米穀店の被害は。

  高橋 床上浸水以上を集計すると、取引先は、店が123軒に床上以上の被害が出た。県内では取引先が沿岸部で300軒、そのうち陸前高田、大船渡など沿岸南部で多かった。事業主の死亡行方不明は3月末の集計で27。海岸端の低いところに人家が密集していれば、どうしても店に被害が出る。

  -業界にとって何が必要か。

     
  盛岡市湯沢の純情米いわて  
 
盛岡市湯沢の純情米いわて
 
  高橋 わたしたちは卸売りをしてるので、生活の安定の視点から見ると、沿岸部の住居、生活の場がきちんと確保されること。商売でも皆さん被害を受けた人が、以前と同じとは言わないが、住まいができて初めて需要が出てくる。そういう面で1日も早い復旧が望ましい。
  米屋はだいたいが小規模な個人商店。わたしたちも取引先なので応援しているが、明らかになってきている問題点は、都市計画との関係で、今までのところで店をやりたくても店舗や住居を構えることが制限される。そういうところがあれば、なかなか店の復旧も進んでいかない。早く解決して、市町村の機能が復活すれば商売ができる。
  来ている支援物資は、いつかは切れる。そのとき販売場所や店の復旧がなされていないと、米卸としては商品の持って行き場がない。

  -農地被害の影響は。

  高橋 秋の収穫ができない田が出たが、県全体では被災地から内陸部へ作付けを移動しているので、宮城岩手は大きな影響がないと思う。ただコメは岩手だけではなく、国内の状況に左右される。宮城、福島の秋に向けた生産がどうなるかによって価格情勢や需給が左右される。生産量は予定通り出てきても、全国の状況によって分からない。岩手だけで価格が決まるのではなく、全国的な需給バランスで価格が決まる。少なければ高く、多ければ安く。この見通しが難しい。岩手は28万dの生産計画があるが、わたしたちが使うのは原料として2万dちょっと。そのほか農家や縁故米が6、7万dある。

  -復興のため何が必要か。

  高橋 人口が減って誘致企業が撤退することがないように、事業所が安心して生産生活できる平穏に暮らせる商売ができるように。電力については当社も熱は使わず、モーターで仕事しているので、安定供給を望みたい。


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