盛岡タイムス Web News 2011年 6月 9日 (木)

       

■ 〈不屈の意志〉メルク・重石桂司社長に聞く 生きた「地産地消」の理念

     
  メルクの重石桂司社長  
 
メルクの重石桂司社長
 
  盛岡市上田のメルク(重石桂司社長)はレストラン経営や学校給食業務委託など多目的に外食産業を手がける。震災では仙台支店が被害をこうむり、その後、売り上げが縮小するなどした。しかし震災後も契約先の事業所にほぼ安定的に食材を供給し、地産地消を展開する地場企業としてのサプライチェーン(供給網)の強さを発揮したという。被災地の学校給食も再開、被災者を雇用するなど復興への支援も手がける。重石社長に今後の課題などを聞いた。
(大森不二夫)

  -そのとき何をしていた。

  重石 当日、県公会堂で会議をしていた。地震で揺れはしたが、タイル一つ落ちなかった。建物がびくともしない。風雪に耐え80年以上の歴史がある重みを感じた。経営の基本も痛感した。この日、社員に車を渡した。私は上田まで歩いた。信号は止まり車も動かない状態。大変な世の中になったと歩きながら思った。姉の家に行き安否確認もした。上田まで1時間ほど歩きタクシーで会社に戻った。電話が不通の状態だったが、何とか病院や老人施設などの状況把握や当社の各事業所などの把握に努めた。幸い、次の日から土日だったので助かった。その後、連絡取れてからだが、沿岸部の施設はほぼ大丈夫だったが、仙台市内の施設などは浸水したり機能停止となっていた。

  14日から食材の提供はできたが、各事業所も時間短縮のため、食堂の営業時間も少なくなった。学校給食もストップした。大変な事態となった。震災時に忙しかったのは、市内のマスコミの食堂。昼夜問わず大忙し。土日もなくおにぎりなどをにぎった。クルーには数百個のおにぎりを持たせた。いずれ3月はほとんどが休業状態。黒字決算の予定が赤字となった。4月に入りだいぶ元に戻り出した。仙台市内の施設の修復も終わり、今月下旬から再開する。修理費がかかり、また損失が出たがこれで終わり。新規契約も入っており8月からフル稼働できる。これで赤字の補てんと黒字に向けた動きとなる。

  -地産地消の取り組み成果が出たようだが。

  重石 今回の大震災で地産地消が力を発揮した。地元の問屋やメーカーとの連携がスムーズに進んだ。地元の食べ物は地元で食べるという地産地消の理念が生かされたと言える。日ごろの信頼関係が大きい。赤字は出したが、それ以上のことを知らされた。地域の問屋やメーカーと共存共栄でしてきた。心強い。配送は大変だったが場合によっては、メーカーの倉庫まで行き運んできた。米もパンも麺も卵もたくさんあった。県外の大手小売チェーンなどは大変困ったようだ。売り場からものがなくなる状態。商品供給も物流も途絶えたようだが。改めて日ごろの地元との付き合いの大切さを痛感した。

  -沿岸地区の支援などは。

  重石 米、おにぎりを車に満載し被災地のスタッフや地区住民に配った。5月23日から山田町を中心に、幼稚園から高校まで昼食を出している。毎日1600食。当社で被災地区から3人を雇用した。2次災害の2人の雇用も予定している。雇用面での支援もしているし今後もしたい。沿岸部で当社ができることは何か。社員を御用聞き回りさせている。私も現地に出向きニーズを聞きたい。日本給食サービス協会や大手企業も支援したいと申し出てきた。地元でできないことを支援してもらうようにしたい。

  -盛岡ですべきことは。

  重石 盛岡は県都であり岩手の中心地。中心としての役割を考える。各企業が本業を活用し現地の経済が動くような手立てをする。ものを買ったり、仕入れたりして具体的に行動する。中央に向かい発信することも大事だ。こういうことを応援してもらいたい、こういうものがほしいでもよい。東京、名古屋、大阪、九州に応援してもらう。中央と地方を競争させるのではない。地元を中心にして中央に補完してもらう。今がチャンス。全国各地がこちらを見ている。地元の行政は縦割りをやめ民間と同じ目線で協力関係を築き、対応する。自粛は経済をストップさせる。美術館を開けるのに文句を言う人もいたが、芸術文化も忘れては駄目だ。癒やしも大事だ。


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