盛岡タイムス Web News 2011年 6月 11日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉3 鈴木幸一 10カ月も土の中で眠るやつ

 もう25年以上前から甲虫の仲間のコガタルリハムシに魅了されています。テントウムシのようにくさい臭いを分泌するわけでもなく、手のひらから飛んでいってしまうわけでもありません。4月の中旬ごろ長い眠りに終止符をうち、地上に出てきて牧草地の難的雑草のエゾノギシギシ(ギシギシやスイバの仲間)を食べます。

  長い眠りから覚めた成虫はこの雑草をせっせと食べて交尾し、卵を産みます。数日で幼虫が孵(ふ)化し、2回の脱皮を経て3齢幼虫になります。食欲は旺盛で雑草の葉がみるみる食べられますが、蛹(さなぎ)になるために一時根元に潜ります。

  10日後に新しい成虫は、梅雨の前のこの季節に地上に現れます。そこで、新成虫たちは子孫を残すために勢いよく食べ生殖に励むことでたくさんの卵を産み、孵化した幼虫たちも雑草を食い尽くすものと期待されます。これこそ、ヒトのためのすなおな除草昆虫として敬愛されるはずです。

  期待は見事に裏切られて1週間もすれば摂食をとめ、根元から10abの地下で眠り続けます。それも来年の4月までの10カ月です。地上はこれから楽園です。交尾のパートナーも選り取り見取りで、餌となる雑草も繁茂して何一つ困るはずはないのですが、ヒトを裏切って深い眠りにつきます。「なんと愚かものか、この閉じ篭りめっ」と罵倒したいような、情けない昆虫です。

  しかし10カ月に及ぶ長い休眠越冬中に、彼らは特別なタンパク質の1種(ペプチドと呼びます)を合成していました。その働きを調べると、カビの繁殖を抑える効果があります。この抗カビ物質をどう理解するかというと、地上でまわりの生物との餌を巡る争いや捕食者から逃れるために、地下に潜り眠ることを選択したのですが、土中の微生物からの攻撃に対しては無防備でした。そこで、眠りながらも微生物から体を守るために、特殊な抗カビ物質を合成しているのではないかと考えました。

  岩手大学の発見で、このペプチドは生物界で初めてのものであり、モルヒネに代わる鎮痛剤の可能性も出てきました。

  ひたすらに走ってきた人類の営みは、増加、拡大、成長を追求してきましたが、ここにきて逆説の生き方が問われています。一見変哲で何の徳にもならない昆虫の長い眠りは、新しい知恵を提案しているようです。(岩手大学農学部応用昆虫学研究室教授)

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