盛岡タイムス Web News 2011年 6月 15日 (水)

       

■ 〈不屈の意志〉二葉運送・細川忠彦社長に聞く 備蓄の油が威力を発揮

     
  二葉運送の細川忠彦社長  
 
二葉運送の細川忠彦社長
 
  矢巾町の二葉運送(細川忠彦社長)は、東日本大地震津波で同社の物流センター倉庫から配送商品が落ちたり、仙台支店が浸水するなどの被害を受けた。震災当日から10日間は緊急対応的に物流機能を維持した。現在は仮設住宅の資材関連の配送業務の仕事も行い通常業務に戻っている。細川社長に大震災からの経過などを聞いた。(大森不二夫)

  -地震時はどのような状況だったか。

  細川 その時刻に会社にいた。午後6時からの仙台の会議に行く準備をしていた。そこに激しい地震が来た。そして停電。もちろん仙台には行けない。社員や支店とも連絡が取れなかったが、トラックのドライバーが社に戻りつつある時間で全員無事だった。沿岸部の配送担当者も無事に戻った。社員は無事だったが津波で親をなくした社員もいた。
  倉庫の商品は荷崩れを起こしていた。特に飲料がひどく、崩れたのは1万ケースほどになった。荷主の大手メーカーには後日連絡を取った。ニュースで被災地の状況を把握しており、当社の損失にはならなかった。建物では仙台支店と倉庫が軽度だが浸水した。建物は、甚大な被害を受けた蒲生地区にある。被災したキリンビール仙台工場の裏手にあった。ビール工場は壊滅的に破損したが、当社の建物は高台にあり浸水程度で済んだ。

  -その後の経過は。

  細川 11日から22日まで臨時休業の状態となった。高速が動かない。首都圏のメーカーは当社の物流センターまで商品を届けられない。そのため従業員220人は基本的には自宅待機。その間、休まず店を開け商品の配送を求める会社には交代で対応し、商品を届けた。コンビニとも契約しており、協力会社に依頼して配送した。
  コンビニへの商品の配送は通常は夜間。今回は昼に配送した。もちろん商品がなかなかセンターに入らず品切れも発生したが。油は心配なかった。当社には地下タンクがあり、緊急時用にある程度のストックをしてある。それが生かされた。
  3月23日から通常業務を開始した。ただメーカーなどの荷主の中には、被災した工場の復旧作業に必死で商品供給ができない所もあり、通常の半分ほどしか入荷しなかった。その傾向は4月上旬まで続いた。例年であれば3月、4月は受注が多い月。今年の3月は35%減の売り上げで厳しい結果となった。4月中旬からは回復した。仙台支店も1カ月、停電だったが今は通常通り。新規の仕事も入った。仮設住宅の仕事だ。住宅関連資材が入荷し、それを被災地の沿岸地区の仮設住宅建設地に配送している。流しやカーテンなど比較的軽いものがほとんど。政府の号令で急ピッチで動いている。

  -沿岸部の支援は。

  細川 目立った動きはしてはいないが、滝沢村のアピオに集められた支援物資を数度、ボランティアで被災地まで運ぶ手伝いをした。4dトラックで運んだ。毛布や衣類、食品などを運んだ。担当した当社の従業員はみな悲惨な光景に驚いていた。

  -復興支援のため地域経済を活性化させるには。

  細川 ものが動くことで仕事が回り、雇用が発生する。どんどんものが回るように、消費を促すような施策を早く出さないと、今でさえ厳しい地域経済はさらに悪化する。政府や自治体の施策は遅い。こんなにゆっくりでは民間なら赤字で倒産してしまう。早く手を打ってもらいたい。地元の運送業は大手の参入や荷主の低価格要求などで厳しい状況にある。内陸部の企業支援も忘れないでほしい。


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