盛岡タイムス Web News 2011年 6月 26日 (日)

       

■ 〈不屈の意志〉連合岩手・小野務事務局長 被災地の救援に動く

     
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  連合岩手の小野務事務局長に東日本大震災津波への対応と、震災後の労働運動の展望などを聞いた。組織内からは十数人の犠牲者を出し、労使ともに大きな打撃を受けたが、全国の組合員たちが被災地の救援に動いた。雇用の創出を最大の労働運動として、未組織を含めた県民生活の安定を求める。
(鎌田大介)

 |震災による組織への影響は。

  小野 基本的に産別で把握して取りまとめている。亡くなった人は取りまとめているが、被災状況は家族まで把握しきれない。今回は勤務している人より、家にいた人が亡くなっている。組織内でも死亡、行方不明は10数人。

  安否確認して、義援物資を可能な限りピストン輸送した。発生当時は寒かったので使い捨てカイロやカップ麺、毛布などあらゆる物を届けた。次にボランティア。あとは少しでも地域が元気になるよう復興応援義援物資の販売を組織内で展開している。

  ボランティアは15日現在で延べ7500人。組織立っているし、平日も安定的に人を出すので感謝されていると思う。市や行政や社協のほか、ボランティアした人の家から感謝の手紙が来る。

  |どのようなボランティア活動をしているか。

  小野 最初は消毒用の石灰まき。途中から床下の泥出し、畑の泥よけ。陸前高田では冷凍倉庫が壊れて冷凍魚が何万匹も放置され、その片付けは大変なものだった。二重にマスクしても駄目で、具合が悪くなってご飯がのどを通らない。長靴は全部捨てなければならないほど臭いが取れない。そういう大変な作業でも、うちは基本としてボランティアをさせてもらっているという気持ちでやり、すべての作業を断らない。

  ただ余震や津波がまた来ることに備えて、安全確認はスタッフリーダーがやる。自己完結で全部道具は持っていく。現地で社協に指示されて、現地にバスで行く。大船渡では海に流れた重油が岸辺に寄ってくるのをくみ上げる。これはなかなか一般ボランティアができない。すべての作業者が使い捨てのつなぎを装備して撤去した。

  塩水に浸かった畳は男4人で運ぶのがやっと、石のようになっていた。当初はボランティアもくぎを踏んだり、前歯を欠いたりしたので安全は徹底した。うれしいことは医者に治療に行ったら、ボランティアならと無料で見て、東和では手作り菓子を作ってくれたり、学校を借りたら地域の電気店がテレビを設置してくれたり、わたしたちも支援された。

  わたしたちのボランティアセンターは地元を使うことにしている。食堂もバスも、物品購入も地元を使う。少しでも地域が元気になれば良いので。ボランティアでベースキャンプを探すに当たって、一番考慮したのは場所、作業が汚れるので風呂もいるし、あとは食事は地元の食堂を頼む。金額的にも既に6千万円は超えている。

  |全国から組合員が集まっている。

  小野 沖縄からも。関西が多い。阪神大震災でボランティアをする意識が高い。あとは北海道、青森、秋田、山梨教組も来る。皆有給で来ている。大きな企業はボランティア休暇を取るところがあるが、総体では20%ない。

  |労働運動も難しい情勢を迎えている。

  小野 難しいとは思っていないが、労働運動の前に働くところがいる。沿岸は厳しい。政府に東日本大震災復興構想会議がある。皆さん「街作り」を言うが、連合はシンプルに考える。町を作る前に住む人がいる。住む人がいるということは生業があって生活できるのが基本。生業は労働。それなくして街作りはあり得ない。

  現状は仮設住宅ができても入る人がいなかったりする。当初は釜石で5千人の仮設がほしいと言われたのに、希望を取ったら2千人もいないとか。多くの人が離れて限界集落に近いような状態が生まれると、町が壊れてしまう。

  安定的な雇用の場を被災地に作るかということが最大の労働運動。労働運動は組合員だけのものではなく、すべての働く人の物。結果として組合が組織されればいいが、すべての労働運動が厳しくなるのではない。すべての人に環境や条件を作ることが求められ、期待される。未組織労働者も含めて。

  高校の就職も懸念される。民間を呼ぶと言っても、営利を目的とした企業を呼ぶのは難しい。国は経済特区にして法律の枠を外し、地元や県がもっと条例を作れるようにするなど、1千年に1回の災害なら1千年に1度の対策をすべき。

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