盛岡タイムス Web News 2011年 6月 29日 (水)

       

■ 〈不屈の意志〉流通技研・小苅米基弘社長に聞く
  働くとは人のために動くこと

     
  流通技研の小苅米基弘社長  
 
流通技研の小苅米基弘社長
 
  土日ジャンボ市を運営する流通技研(本社・盛岡市紅葉が丘)は。震災翌日から営業を再開した。平日営業の「じゃんまる」も店を開け、代金後払いで商品を提供した。被災者用の特設コーナーを設置し、被災者優先の体制を敷いたという。今、沿岸部の小売店の復興に向けてソフトウエアの無償提供を考えている。小苅米基弘社長(53)に聞いた。
(大森不二夫)

  -大震災時の状況は。

  小苅米 地震が発生したときは大釜の店にいた。金曜日で土日ジャンボの前日だった。地震で停電となり何も動かない。その日は従業員も返した。次の日は営業することを決めた。土曜日も停電だったが従業員は来てスタンバイした。冷蔵庫を心配したが、外はまだ寒く、気温が5、6度だったので少しは持つと思っていた。

  いつも当店を利用しているお客様が来た。制限なく販売した。レジは動かない。お客様に紙と鉛筆を渡し自己申告してもらった。店側は2人体制。1人は電卓を使用して計算、もう一人が金銭を扱った。ジャンボが開いていて良かったとお客様に言われた。うれしかった。山岸のジャンミニは名前と住所、電話を控えて後払いでの販売をした。2日間で店はスッカラカンになった。在庫もみんな出した。

  -その後は。

  小苅米 当社は地元の生産者や問屋からの仕入れに力を入れている。雫石の豆腐屋、盛岡の納豆屋、問屋などを歩き回り商品を集めた。除雪用にとストックしていた軽油があり、車を走らせることができた。何とか絶やさずに集めることができた。これまで販売していた、しょうゆが手に入らないときは別のしょうゆ店を探し、とにかく棚を空にしないように努めた。5月に入りほぼ通常に戻った。この間の売り上げは前年並みだった。

  -被災地支援などは。

  小苅米 ジャンボでは被災地専用コーナーを設置した。商品を被災地へ運ぶ人や被災者には優先的に販売した。飲料など50箱も買い求める人がいた。レジではどこへ運ぶかなど確認した。自衛隊には菓子や飲料類の支援物資を運んだ。米も支援した。地場の問屋が協力してくれた。それは4月末で落ち着いたが。

  -沿岸部の小売店の支援に乗り出すようだが。

  小苅米 震災から少し経てから仮設店舗で頑張る被災地の地場の小売店などから商品の供給を求められた。牛乳や納豆などできる限り支援した。こちらから出向き、販売することもできたが、それでは被災地の小売店の支援にならない。商品も潤沢になり始めてから、何が復興に向けた支援になるか次の手を考えた。レジを1台買えば200万円する。被災地の小売店はお金がない。商品データの一部をエクセルに入れてあげれば、パソコンにバーコードを読めるスキャナーをつなぎ、簡易な販売時点管理システムができる。そのソフトを作り無償で提供することにした。商品も金銭の管理もでき、移動販売にも便利。今、試作品を使用してもらう段階まできた。

  -今回の大震災で考えたことは。

  小苅米 地場の生産者、問屋、そしてお客様との日ごろの付き合いの大切なこと、コミュニティーの重要性を痛感した。働くとは人のために動くことであることも改めて自覚した。また、ある程度の在庫と自社でできることは多少非効率でもすることも。

  当社では、肉もストックし、自社のスライサーなどで切り、パック詰めして販売している。大手スーパーやコンビニなどではパックでの注文になる。必要な分しか在庫を持たず、肉処理場もなく、極めて効率的な販売をしている。しかし今回、仙台の加工センターが機能しなくなりパックが入らない事態となった。当社にとっては効率性を見直し、価値基準を考える良い機会となった。

  停電のため、自家発電や蓄電機器を導入する企業が増えているが、当社では、節電は徹底するがそのような装置は導入しない。装置を入れるには資金が必要。コストが発生すれば商品価格がアップする恐れがある。お客様が負担することになるのでは。当社ではそうしたくない。停電になったら、なったなりの対応をしたい。もちろん鮮度管理はしっかりした上でだが。最近、うちわや蚊取り線香などが売れている。昔はどこもそうだった。昔に学ぶものがあるはず。


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