盛岡タイムス Web News 2011年 9月 14日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉246 伊藤幸子 「祝敬老」

 我のこと知らぬ曾孫が我に笑むパンダか何か見てゐるやうに
                        北口博志
 
  孫の子、ひこ孫に恵まれる人生のよろこばしさ。いつのまにか長寿大国となった日本で、3世代、4世代同居といった家族構成はどんどん減ってきているようだ。この作者も、子供さんたちはみな親もとを離れ、たまに帰省されるのを待っている。

  子供の結婚のころは親もまだ若く、はじめて新しい家族となる人を迎える時の心弾みは当人たちの初々しさが反映して、家の輝きを実感する。結婚というスタートは、舅(しゅうと)、姑にとっても新しい暮らしの幕明けである。

  こうした人生の通過儀礼もいくたびか、きょうは曾孫がやってきた。おお、やわやわと、ふくふくと、じいに笑いかけてくるではないか。おお、そんなにおかしいか。汝(なれ)の目にはこのじいも、パンダかなにかのように見えるか…。三代の時空を隔てて「我に笑む」血脈の喜び、やがてじんわりとまぶたが熱くなる。

  大正13年生まれで宮古市在住の北口博志さん。昭和8年の三陸大津波も、昭和35年のチリ地震津波も経験された。「チリ津波襲ひし高浜部落見き倒壊家屋累々茫々」と詠まれ、「警報を訓練と知り慌てざる幼き日に津波ありけり」と体験を詠む。「冬季と晴天の日は津波がない」との言い伝えも崩れ去る自然の威力。

  若く、石桜岩手高校に学び、社会に出られてからは土建業に各地を廻られる。日本の経済成長の一翼をにない、人をたばね絶大なる信を築かれた。また終戦後、岩手に疎開して文芸誌「新樹」を興された巽聖歌のもと、短歌を発表。のちの「北宴」の礎となられた。全国誌「長風」にも鋭意力作をつらね、後進を唸(うな)らせる。何より毎月の歌会に遠路車を運転してかけつける熱意に敬服させられる。

  「つるはしやスコップ握り土掘りし手をもて削る細き耳掻き」北口さんの耳掻き作りは有名だ。私もいっぱい頂いているが、氏の耳掻きを使うと良きことさわに(いっぱい)聞こえるようで今や私のお守りだ。斎藤茂吉に「あたらしく耳掻買ひて耳を掻くふるぶるしくなりて毛の生えし耳を」があるが私のウフッと笑える愛誦歌。今宵も目をとじて耳の快感にゆだねよう。

  「震災に失せたるものを戻さむと未来屋書店に辞書を購(あがな)ふ」この度の大震災では北口さんもしばらく内陸に避難されたという。老境での厄災、でもふり返っていては前に進めない。未来屋書店で辞書を買って、さらに東道の範を示されるよう、祝敬老に杯を掲げたい。
(八幡平市、歌人)

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