盛岡タイムス Web News 2011年 9月 23日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉43 八重嶋勲 さて白羊会の人間とハ如何なる人

 ■猪川浩

  75 巻紙 明治35年4月28日付
宛 東京市本郷区台町三十六番地東北舘内 野村長一様
発 盛岡市四ツ家町六九 猪川浩 拝
    (封筒裏)三十日投函この日天地窃
    寞颱風砂礫を飛ハシ家を発き梢を折
    り桜蕾為めに散りて惨憺きはまりな
    し雹雪夜到り交人為めに寂漠たりこ
    れ誠に招魂社祭日前の光景也渾沌…
    四月廿八日認之
   ヨミナホシセズ乞ふらくハ推察して読
   み玉ハらんを精神病学といふ奴かいて
   ニギ玉へ出す恋は題ニあらず……
 
謹啓
宥る志給はれかし、実は君が住處の不定水草を追ふて處定むるものいかで予が当てなしに手紙は出さるヽものか、のみならず露子君よりも音連れ来り手紙おこせと迫り、抱琴君へも出さねバ気かすまず、書けばつまり三本もかヽねバならぬ事、一時の仕事にてハ候はず、実は今まで見合せて居りしも君か玉章にはしなくてもうたれて此處に筆とる事とはなしぬ、只に宥るし玉へ、予は旅情を慰むるにあまり疎かりしを思ひさとりぬ、されど君こそ予を慰むる唯一の友なり、殊に浮沈ある予ある予が性に對して常に同一なる態度、方法を以って導かるゝ、今日はしなくもその温慰啻ならざるに思はず涙ぐみ申し候、これ敢て女々しいと笑ひ玉ふ勿、例ヘバ稚児のその中間友達に排拆され悲しさ訴ふる術なく独りあるを側より同情をよせて慰むれば直ちに大聲を起して泣くものこれ人間の至情に候、恋中の慰藉とハこれなるべく泣いて見たく泣かせて見度きにある事と存じ候、かくて予は涙組(ぐ)みはっと思って気を取り直ほしたるなどあながち無現ならぬ事予が現在の状態を御推察願度く候、
去んぬるは旧桜山境内に於て白羊會の例会とやらこれあり、予も浮世の義理とあきらめて眼をつぶって参り候ふ、日のくれまで白羊會、日くれて六時より第三土曜日なりしかば杜陵吟社の例會開く筈なりしに、白羊會六時にして漸く作り(十首)終りた位に候らヘバ撰の批評のと騒くにハ未た未た二三時間掛れバ、杜陵吟社の例會ハ駄目なりと予が秋皎、炎天等を帰し遣りたるなど、よくよく御推察被下度候、不肖両方に身を置き一方に偏せバ一方より怨を受くる必定に候、秋皎の如きは障子を一つへだてゝいやみたらたら殊に新来の歌人もあり、東北人がこんなにいやみたっぷりだか愚痴っぽいかと云はるゝと自分の身に引き受けての苦しみ泣くより外の事もこれなく候らひき、さて白羊會の人間とハ如何なる人が例の歌人一輩いたづらに頂(猪)口才にして気障な奴、殊にハ土田枇杷とやらに粋を気取る奴これ等の間に膝を交へて談合する有様、予の苦しみ傷をむしらるゝ心地致し候、志かのみならず廿面(ハタチヅラ)をさげた男はがきを相手に何を苦んで歌など捻り出す必要あるかと思へば只々君が予を思ふに増したるくるしみ境遇と運命は勢ひ予をして意地なし軽薄無節操ならしむる有様節操を儀性(犠牲)にして交はる友は如何なる友なるかをひそかに心に想像して見玉はゞ思ひ半ばに過るものあらんと存じ候、かくの如にして予は一年を過す可からざるをおもえば寧ろ廃学すべきかに迄で思ひ及ぼす事再度ならず候、斯るとき友を思ふ君と予も同じ事、君が手紙などひらき元気になほる事もあれど益々気のすヾむ(しずむ)を覚えて候、
されど君よ安かれ、昨日今は漸く予は元気に復快せり、そは敢て桜開いたる為めとにハあらず、日蓮を思ふの余りとにもあらず、雑誌六〇五を継続すべき義務予にある事、雄辨會を再興せんとする事の予に取りて義務なる知りて、急に目醒めたる心地して村上君など大に予を激(励)げましてくるれば自分もその気になり大にそれが為め奔走して暫時周囲の友をも考ふを隙なく漸く元気に復したる御悦び被下度候、六〇五は後くとも招魂社の前後に出すつもりに候、後藤君など書いてくるヽと大いに意気込み戻り居り候らひき、此處に予はつくつくと考へ候、世に文藝なるものありて人心露し感化しその影響として善良なる社會健全なる国民を送り出すハ道理なるべきに文藝の為めに負債し文藝の為めに駄落しおぼるゝ人ありたりとせんか悲しむ可き事に候はずや、現に君も知るが如くこれあり、学校を缺席して審美綱領か面白いと読んで居る人あり、これは普く世人より非難を受ル攻撃の矢をむけらるヽ所なり、常識の乏しき学者ハ学者として何の價値もあらざるべく候、これ必竟同じ人間が二つも三つも雑誌を出すとか新聞へ何か書ふとか云ふ事になるからなりと存じ候、故に若し予は「六〇五」が先輩が後を継続したるものに候はすバ廃刊したき心にも相成り候、例ヘバ今の文壇に新小説、文藝界、文藝倶楽部と数澤山あれど皆同じ人間、同じ小説家がやってゐる様な有様なれば、向って好い作物の出る筈もなく年百年中同じ恋を好箇の詩題否小説種として進歩も変化もあったものにあらず、恰度こんなもの石川君再びにギ玉興し候、それに壬寅會とやらこれある由、むしろその慰然なる心を嗤ってやり度く候、
山口定雄盛岡に打込み候ふより御贔屓の方々その電気に打れて魂消る人面白かる人俗説紛々を放て記叙するに足らず候、山口は物の辨った男だと傳説に候らへ共、あれでハ余り辨りた方にも候はず、第一幕合に楽体をして音楽を遣らしむるに候ば(は)す(ず)や、それから無やみ矢鱈に電気をつかふこちたき感こそすれ、好いとも面白いとも思はれず、身体一充電気になって中乗りするなどハ却っていやになる事に候、あんなものなら活動写眞が遥かましに候、されど山口丈はやヽ見處もこれあり候、彼れは優に旧俳優として行る丈の力量を持っており候、二番目八重垣姫の如きハ余程なれて見え申し候、尤も欠点をいったら限りなき事、それから軽業手品の様な事もこれあり候、彼の火か焚いてドロンドロンと太鼓の鳴るかと思へば八重垣姫ハ何處へか行ったと見へて居なくなる、これなとハ全く早業に候、されど彼れは旧劇より新劇で成功しており申し候、今一度行っ(て)見たら細評する事といたすべく候、東京は金のかヽる所承知に候、芝居など見なくとも宜しく候、何にも耻でもなければ心棒して勉強され度候、只今度の撰抜試験で及第する様にとのみ願上候、今日区裁判所の側にて御尊父と邂逅し長一は未だ学校へ這入らぬ様子図書館の勉強ハ余りあてにならず、何んでも早く学校へ這入れば好いと言っておられ候、芝居もよし花見もよし散歩もよけれど、学課は眞面目にやって被下度候、よも成丈は勉強して行く様にして居り候、欠席もしない様と今の中ハ自ら励み居り候、故に課業を受けて居る間は何時間にてもくるしからず面白くってたまらず候、美人が多い多いと許り仰り候らへ共、見れば目の毒いたずらに心ないため玉ひそ、妓との對話もよし適度にし玉はれ、物は何んでも適度なり、孔子さんか中庸を説く全無益にハ候はず、よく勉強丈はして入学の出来る様願上候、思ひ出したればかくが予は金田一君の住處を知り不申候、されど近き中薊子君が君へ文まゐらすとやら申し居り候らへバ、その時きいて御知らせ申すべく候、
造化の妙は吾人の容啄すべき範囲にあらねど、実に奇妙なものに候、桜のさく頃鹿児島を出てヽ徒歩旅行を試れば北海道までハ花の中を通ると申し候、さる事か知らねど不思議に候、莟堅き桜も招魂社が来れば思ひ出した様に開くなどおかしくも感せられ候、されど今年はお祭りすぎての満開なるべくこの時雄辨大会は花の幕をうってやる事に候、眞白き桜の中に熱心に説く好箇の少年ありと想像し玉はヾ何と可愛きものに候はずや、遠く離れて雄辨會など聞き玉はヾフンといって嗤はれ玉ふべけれど、実際予に取りて勇気を与ふる唯一のものに候らへバ完全にしとげ度く候、時に遠方より助け玉はらばうれしき事一入なるべく候、
人間の運命は常に共にすべからざる事とあきらめ居り候も、凡庸なる予か心にハ既にこの愁憂にはれあへぬ事に候、こは君なればこそ師導を仰ぐなり、今予青春のアンビションに駆られて文学云々とぬかし学費の欠乏を顧ず何處迄も行くといふ思ひあれど、それは決して満足にする事出来ぬは世の平常又学業半途にして止めるといふ様な事ありても心よからねバいっそ教育家にならふかとも存じ候、坪内先生は文界の大だてもの、而して教育家を以って自ら任じ、世間又これを是認する有様なり、予が教育家になれるかなれぬは別問題として兎も角も怎らであろふかと君へ好く判断を願ふ事に候、予は又教育家になるを又潔しとする位なり、予は寧ろ文学者なとヽそんな気の利いたものにも成れる目的あるものにもあらず、只予は文学を好むなり、文学を好むものと文学者とハ全く別なるを考へざるべからず、宗教学者、宗教家とハ全く別者なり、むき出しに曰はヾ高等師範へ這入ふかとも存じ候、大学は日々に價値薄くなり、高等師範ハ日々優勢に成り行く影(形)跡見ゆるは、予のひがめか、兎も角も好く予の為に判断を垂れ玉へ、ひたすらに待ち居り候、
それから新聞と仰せあれば日報を予は貰っておる事なれば送ってあげ申すべく候、但し金のなくなる時などは遇々郵便不通なる事これあるべく候、左様御承了被下れば差閊ひこれなく候、日蓮聖人開宗第六百五十年記念大会、つまり信仰復活として二十一より二十八日までやるそうに候、ことふせ吾ハ、錦輝舘にて坪内逍遙、高山林次郎、田中智学等の演説ありたりし由、傍聴致され候や、上野公園にて記念正式を二十八日にやる由、御覧相成り候や、如何ほど盛大なものか幸ひに一報を煩したく候、
五山君一体どうしたものか愛におぼれて予に用事の手紙たった一度くれたっ切り、彼は熟た柿がつぶれたとも音信せぬ、一体どうかしてゐる事であろふと存じ候、
宮川君も暫く来玉はずさびしくって困り候、三郎は明日午前十時より入院する事に候、更に一方面から言はゞ世は面白くなきものに候、早々
   大分夜も更け候らへバこれにて擱筆、
   この頃の中に又詳しい事御知らせ申す
   べく御待ち被下度、平賀君などよろし
   御傳言被下度願上候、
     四月廿八日夜十二時三十分これを
   認む
  菫舟大兄            愚弟
   御願用
  一、斉藤のFirex Grammer 現在僕等四年でやった奴古本屋で御求め被下間敷候や、実際の處今銭はなし、されど学校欠席して家に返る勇気もなければ手紙をたてるからそれまでにかって置いてくれませんか、御求め被下候はゞ直く様御送り被下候はヾ、有難き次第に候、兄等が今金銭の貴きを一入知る様な所へこんな事頼むのは甚だ欠礼なれど是非願ひ度く候、そのかはりハ予が男の顔をたてヽキット此の頃の中御送金致すべく候間ゼシ(ヒ)ゼシ(ヒ)願上候、早々
 
  【解説】「旧桜山境内に於て白羊會の例会とやらこれあり、予も浮世の義理とあきらめて眼をつぶって参り候ふ、日のくれまで白羊會、日くれて六時より第三土曜日なりしかば杜陵吟社の例會開く筈なりしに、白羊會六時にして漸く作り(十首)終りた位に候らヘバ撰の批評のと騒くにハ未た未た二三時間掛れバ、杜陵吟社の例會ハ駄目なりと予が秋皎、炎天等を帰し遣りたるなど、よくよく御推察被下度候、不肖両方に身を置き一方に偏せバ一方より怨を受くる必定に候、」という個所に、石川一らの白羊会の熱の入った短歌の例会の様子がうかがえる。

  一方俳句を主とする猪川箕人は、此の歌会に仕方なく参加し、どんどん時間が延びる様子にいらいらしている。杜陵吟社の例会もふいになったことも不満やるかたないのである。また、野村長一らが起こした、回覧雑誌「六〇五」の継続、雄弁会の大演説会の再興等を行おうとしていることも興味深い。

  また、大学のコースよりも高等師範学校に進んだ方がよいように思うがどうであろうかと自分の今後の進路を長一に相談しているところも信頼する先輩だからであろう。そして、高等学校進学を目指し浪人中の長一への叱咤激励も親しい。

  それにしても、この手紙の石川一への非難は、反面啄木の文学へのいよいよの傾注、進展を物語るものであり、貴重な記録である。

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