盛岡タイムス Web News 2011年 9月 24日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉10 鈴木幸一 ヤママユからがん細胞を眠らせる物質(1)

 ヤママユ(天蚕)の卵の中で眠っている幼虫を合成化学物質で覚ますことに成功した次のテーマは、逆にどうして眠り続けることができるのかという難題です。米国アリゾナ大学に留学中の平成2(1990)年に、まったく新しい眠りのメカニズムの論文を発表しました。その内容は、眠っている幼虫の胸部付近(ヒトに例えると胸回り)から、「眠り物質」が分泌されているという仮説です。

  小学生でもできる簡単な実験でした。卵の中から眠っている体長5〜6_の幼虫を取り出します。歯科医院から勧められた歯間掃除用の糸(デンタルフロス)を使用しますが、これは何本もの細い糸がワックスで束ねられ太すぎますので、ピンセットでバラバラにして小さな糸に再度束ねます。

  加工した細いデンタルフロスを人差し指ほどの長さに切断して、顕微鏡をのぞき込みながら幼虫のそれぞれの体節(ふしのことで、普通13個)を特性のデンタルフロスで結んでいきます。

  残酷ですが、頭と胸の体節(首に相当します)を2重、3重結びにして頭をハサミで切除し、胸―腹だけを観察します。今度は、胸と腹の間の体節を結び、腹を切除した頭―胸だけ、また頭と胸を切除して腹の部分だけを観察します。極刑になるような手術ですが、昆虫では、頭のない胸―腹部だけ、頭と胸のない腹部だけでも2週間ぐらいは生存することができます。

  研究人生で「やった」という瞬間でした。頭と胸のない腹部分だけで眠っているはずの体が起き出し、とうとうシャーレの蓋(ふた)まで歩き回っていたのです。反対に、頭のない胸―腹の部分は眠り続けているのです。

  ハサミ、デンタルフロス、顕微鏡を使用した小さなホラー映画のような実験から、幼虫の胸部分で「眠り物質」が分泌されているのではないかと、大胆な仮説を提案しました。

  この眠り物質を探し求めて平成16(2004)年に、一つの候補として、アミノ酸5個が並びそれにアミド基(アンモニアの仲間)が結合した初めての天然物質を発表できました。14年間の試行錯誤を繰り返し続けた成果ですので、精いっぱいの愛情を込めて、この新しい生物活性物質に「ヤママリン」と命名しました。ヤママユという学名と太陽の意味のリング(輪)から由来しています。

  (岩手大学地域連携推進センター長)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします