盛岡タイムス Web News 2011年 9月 30日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉44 八重嶋勲 電気を見たことのない盛岡の人種に

 ■村井庄二郎

  76 はがき 明治35年4月29日付

宛 東京市麹町区五番町二番地 枚原方 野村長一君
発 盛岡市大沢川原小路五十番地 村井庄二郎
 
皆さん御江戸に□□□になった後を獨りで淋びしう御座います、この地も漸く春めきて梅の花もぽつぽつ咲き初めて櫻は□□災を□□むと可、漢文句調で覚ひ多いようです、招魂社の祭ま□□□□或は見頃となる可も知れません、今日も大川さんと天神山□□□□に出可けて参りました可、春たげ又格別気持□よ□□□ました、あぜを通る紅き紫の日傘、野に咲き出した□□□いろいろハイカラ詩情も起らん人もありましやう、紅鹿万丈の煙□包まれたお江戸あなたの観察はどうです。矢張田園生活の方は楽しう御座います可、それとも二頭引ノ馬車の方はうらやましう御座います可、其居□は何處へ行可れました可、その地には山口定雄の一夜電気大仕掛を云ふご□で電気を見たことのない盛岡の人種に大もて大入です、先づこれにて左様ならです。
 
  【解説】村井庄二郎は、盛岡中学校明治35年卒業の長一の同期生。相当多い手紙を寄せている。
  本籍盛岡市大沢川原小路50。早世。長一が、盛岡中学校を卒業してすぐの明治35年4月17日に、上級学校進学を目指して上京した。その後の様子を伝えるはがきであるが、ところどころに墨が付着し判読困難。この時、盛岡はまだ電気が通っていなかった。
  3年後の明治38年(1905年)に県内最初の電気会社が創業。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします