盛岡タイムス Web News 2011年 12月 16日 (金)

       

■  〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉55 八重嶋勲夫 勉強するのも此の四十余日です

 ■大川源兵衛

  82大学ノート ペン書き 明治35年5月?付、封筒なし。
宛 野村様
発 大川(源兵衛)生
 
躑躅ヶ岡の櫻も雨の後一度われニすな(が)たを示したのみで僕ニ別れを告げました、といふとなんだか櫻が悪い様であるが、実ハ僕の方ニ罪がありなんです、僕ハ花の仙台を辞して葉の仙台ニ歸りたりか遂此頃でしたから、

あヽ春も遂ニ逝いてしまいましたな、彼の樹の緑なる、蝶々の飛びまわつて居る、是れ皆夏を報するであらう、

待ちニ待たれたる七月も後と四拾有余日を余すのみとなりました、あヽ此の四拾余日こそハ君が決戦の祭日、勇を養はせるであろう、勉強するも此の四十余日です、なんでも大ニやり給りとハ僕の祈る所ニして又君の実行すべき所たるべきを信ず、

此頃胃をわずらつたなんでひどく目に遇されましたな、病気してハいけませんよ、

僕ハ此頃大分健康ニなりました、然し折角と作り上げた此身体も先日の歸郷で余程下落しました、友達からもそー云はれました、然し其代りとして天下ニ否な廣い宇宙ニ只一人の父ハ生きたから大悦此の上なしです、

宮社君ニ一所ニ居らるヽなら中々議論も成り立たないでしゃう、なんでも{僕と君との議論=君と社宮君との議論}といふ様な方程式位ハ成り立そーですな、然しそーなると僕=宮社君となるから是ハ嫌だから成り立たない事ニしよう、

村井君よりハ二三日前ニ端書が參りましたよ、そして此間余程床ニ就かれたなんていふて居ました、なんでも床はまだ恋しいと見えますよ。困りましたな。

宮川君ハ僕些とも知りませんが、召徴いまだでしゃうよ。

猪狩君ハ健康で自炊ニ居られます。先達も君の噂をして居りました、僕と二人で、
僕ハ此頃ハノンキなものです、第参県期といふ今日二週間も休んでこんなニノンキニ構いて居るのハ蓋し僕一人と威張りたいが、然し僕以上の天才もあるから、僕もそーハ行かぬ、まあ悪しくもなけれは善くもなし、ノンキ、余り「ノンキ」でもなけれバ、余り眞面目でもない、所謂孔子ノ中庸の道と思うてくれ給はれよ、

官報(高等学校入学試験のですよ)ハ発表ニなられませんですか、地理も歴史も分からんですが、今年ハ大分遅いと見えますな、

書物ハ只今、代数、立体、三角(然し君ニ取りてハ惨苛苦でしゃう)、化学を送りて上げます、廣文典あらず、あれども家ニあるから分かりません、此れ丈けハ誰カより借りられませんかね、郵税なんか送らるヽニ及ばす候、此頃歸仙の際夏洋服代として□を持つて来た所、僕の留止中制服改正少なくも三分の一以下で作られます、是れハ我が輩のモーケなんですからね、

岩動君ハ台所ニ居られますか、宜しく願ひます、参部ハ絶対的止し給へ、僕三百ハ大嫌だから(と申すと失敬だが僕ほんとーに嫌よ)参部をすヽめたいけれど吾ニハどーも出来ないんですよ、どーせ原が好む所でなくてハだめです、僕の毎日喜んで出校して居るハ確かニ僕ハ自分ハ其才ニあらず(随分得意なんでしゃう此の言葉付には自分は書いて自分の得意に恐れ入ります)とするも先好むからだと信しで居るですな、

Fatherニハ国家夛難の塲合何して医者ニなんどなられましゃうと云うてやりなさい、

工藤君の農林へ入学ハ歸郷中ニ地方の新聞で見ましたけ、然し一の手紙もやりもしません、
僕ハ常ニ古郷ニなんか歸りたいと思はんでしたが、今度此頃ハ望郷の念禁ずる能はずといふ時ハ度々あります、母一人ニ病める父を残して来たからです、僕の家も随分さびしくなりましたからね、

今年ハ君ハ一高を受けらるヽといふ風説も承りましたが、余り冒険ハ止してハ如何と存じます、とハ失敬だか、安然(全)ハ一番宜しです、猪狩君なんか盛ニそー云ふて居りましたけ、

ノート御送附下され誠ニ難有く御礼申上げます、何れ代ハあとで上げる事ニしますよ、実ハ仙台で二冊綴らせたんです、態々ですよ、所が尋常学校の生徒の書く作文帳見た様なものが出来たです、厭々まで仙台ハ矢張り仙台です、

取り急ぎ書きし事とて文意不明な所もありましゃう、否な相変らずのみ文ニ加ふるニ取り急きを以てす、必ず沢山あるニ相違がない、其処ハどーか御寛便あらむ事を、どーせ僕ハ可文と悪筆とハ僕の殊ニ象ニ長じて居る所で威張るですから、
終ニ望み戦死者の魂を弔ひ

   君が健康を祝す
     左様なら、いざ左様なら
               大川生
  野村様
 
  【解説】大川源兵衛も明治35年、盛岡中学校卒業で長一と同期生。紫波郡赤石村出身で、仙台の第二高等学校に進んだ。数学の天才と言われたが途中で亡くなったという。

  「今年ハ君ハ一高を受けらるヽといふ風説も承りましたが、余り冒険ハ止してハ如何と存じます、とハ失敬だか、安全ハ一番宜しです、猪狩君なんか盛ニそー云ふて居りましたけ、」と、あまり背伸びをせず、安全なところを選んで進学せよ、と忠告しているところが面白い。

  この言葉はかえって長一の一高進学の心を駆り立てたことであろう。

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