盛岡タイムス Web News 2011年 12月 16日 (金)

       

■  〈大震災私記〉72 田村剛一 不意の客

 4月に入って間もなくと記憶しているが、後片付けをしている最中、「ごめんください」という声がした。

  出てみてびっくり。「なぜこの人が?」と一瞬思った。東北電力の幹部社員だったからだ。

  私たちは平成17年11月5日に「豊かな三陸の海を守る会」を結成して以来、「放射能を海に流さないでほしい」という運動を続けてきた。青森県六ケ所村に運搬された核燃再処理工場から大量の放射能が流れると聞いたからだ。

  なぜ有害な放射能を海に流しても罰せられないのか、不思議だった。猛毒なヒ素や水銀を流そうものなら、即操業停止だろう。ところが、放射能は、いくら流しても罰せられない。

  その理由が分かった。日本に放射能の放出を規制する法律がないからだ。そこで、私たちは、国に放射能の流出を規制する法律の制定を求め、岩手県内のすべての市町村議会に、請願活動を行った。当初35の市町村があり、33の市町村議会が請願を採択し、国に意見書を提出した。現在、市町村合併により33市町村になり、採択自治体は31市町村になっている。簡単に請願が採択されたわけではない。東北電力の関係者が、請願に反対するよう議員に働きかけたからだ。

  その結果、盛岡市議会では、委員会では採択されたにもかかわらず、本会議で否決、不採択になった。委員会で採択されたものが、本会議で不採択になるのは異例のことだと聞いた。本会議の直前まで東北電力関係からの圧力に抗し切れず、やむなく棄権に回った議員も出て、残念にも2票差で不採択になったのだ。

  釜石市議会では「請願が提出されたら即否決する」と言われ、請願を取り下げた。審議もされずに即否決とは乱暴だし、議会民主主義に反するようにも思えた。当時、東北電力出身の議員が議長だったこともあり、そういうことになったのではないかと推測する。この結果、不採択議会は盛岡市議会と釜石市議会の二つとなった。

  私たちは、宮古市の東北電力に出向き、私たちの運動の理解を求めた。私たちは「海に放射能を流すことに反対している」のだと。その時対応し、常に原発も六ケ所村の核燃再処理工場も安全だと主張し続けたのが、私の前に現れた人物だった。安全神話の広報官だったのだ。

  「今度、転勤で宮古を離れることになりました。そのごあいさつです。今回の福島原発の事故、田村さんたちの言っていた通りになり、慙愧(ざんき)の思いです…」そう言って帰っていった。安全だ、安全だと言って事故になったことに、この人は心を痛めたのかもしれない。
(山田町)

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