盛岡タイムス Web News 2011年 12月 21日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉260 伊藤幸子 「談志のはなし」

 惜別や初冬のひかり地に人に
                    赤城さかえ
 
  11月21日、古典落語の第一人者、立川談志さんが亡くなられた。マスコミに報じられたのは23日、大相撲中継の4時5分ごろ、ニュース速報が入り、驚いた。夜のニュースでは「百年後のメッセージ」に「ことによると、生きてるかもしれないよ、おれ」と精悍な表情で語られるビデオの姿が印象的だった。

  昭和11年1月2日、東京小石川生まれで75歳。私はことにひいきというほどの熱烈なファンではなかったが、あの早口でよどみなく語るはなしが好きだった。「談志」ブランドの大きさはとうに落語界を越え、テレビ舞台マスコミの寵児としてもてはやされた。

  師匠の「浮世根問(ねどい)」をなまで聴いたのはいつであったか。新宿紀伊國屋書店本店で遊び、その4階ホールで談志一席を聴いたのだった。「眼光炯々(けいけい)と」と感じたのが第一印象で着物の衿がピシッと崩れず、声になんともいえぬ粘りがあった。鍛えたというよりも練り上げられた艶といった感じの色気があった。

  「根問」というだけに、ものごとを根掘り葉掘り問う話。「嫁入り」のわけなんて、隠居の答は「男の目ふたつ、ナァ、女も目は二つ。だから合わせて四目入り」とか何とか、なにしろ若き師匠の、これでもかこれでもかと畳み込む話芸に椅子を揺すって笑ってしまった。

  平成21年冬、岩手県民会館で児玉清さんの司会の「ブックレビュー」公開放送があった。そのとき、出演者のおすすめ書籍の一冊「人生成り行き|談志一代記|」を買い、折々読んでいる。当代随一の演芸の目利きといわれる吉川潮さんとの対談聞き書き形式で、談志誕生から立川流創設25年まで、そこにしのび寄る病いの影までも書かれた本である。おもしろくて、おかしくて、この生き生きとしたなまの会話が実にいい。

  「初めての高座は昭和27年4月の新宿末広亭の昼席で『浮世根問』をやりました。うまかったですよ、あたしは」とご満悦。高校一年生で柳家小さんの弟子になり、29年二つ目、38年真打に昇進。後に政界にも進出、そのころの話はきわどくはらはらさせられる場面がいっぱい。

  自ら自分の噺をこしらえては壊す作業をくり返し、「イリュージョン(幻想)」や「非常識」を根底にしていると語る師匠の意気に打たれる。「高齢初心者」と笑いながら、現代を生きる苛立ちを表現し続けた天才噺家を、今、平成の点鬼簿(てんきぼ)に加える悲しみを思う。
(八幡平市、歌人)

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