盛岡タイムス Web News 2011年 12月 22日 (木)

       

■ 〈大震災私記〉76 田村剛一 忠犬物語

 今回の津波で、さまざまな形の忠犬物語が生まれたようだ。教師仲間の飼い犬もその一つである。

  知人は、地震を宮古で感じた。これは大きい。津波が心配ですぐに引き返した。海手の国道を行けば、津波に遭遇する危険がある。そこで、山手の山道を山田に向かった。

  役場の前を通って、自分の家に向かおうとしたが、道路は車が渋滞して進めない。そこで、私たちが避難生活を送ったおいの家の近くに車を止め役場に向かった。

  役場前の広場は人だかり。そして前を見ると、すぐ前までがれきが流れ込んできている。それを見て瞬時に、自分の家も流されたと思った。一人残してきた妻が心配になった。どこかに避難しておればよいが…。

  知人が、奥さんと再会したのは、翌日、山田高校でのことだという。

  「妻は犬に助けられた」と言って、その話を語ってくれた。

  ワン君の散歩コースは、川向の家から境田の踏切を渡って山田中学校への道。いつも3時ころに山田中学校脇の町民グラウンドに到着するという。

  いつも、その道で、同じように犬を散歩に連れて来る女性と出会う。その日も出会った犬は、知人のものは大型犬、別の女性のものは小型犬。そんなこともあってか、仲よく散歩している。その散歩道で、2人は地震に遭った。

  しばらく様子を見ていたら、小型犬の飼い主が「うちの人が心配」と、家に戻ると言い出した。そこで、知人の奥さんも一緒に家に戻ろうとした。すると、ワン君は、ワンワンと吠えて動かない。仕方なく奥さんはその場にとどまった。小型犬の飼い主は、小型犬を知人の奥さんに預け、「すぐ戻るから」と言って家に向かった。

  それが最後、奥さんはそこでしばらく待ったが、小型犬の飼い主は戻らなかった。家に帰ることもできず、2匹の犬を連れて山田中学校に避難。しかし、長崎地区で発生した火事が北風にあおられ、山田中学校に近づいてきた。それで、山田中学校に避難した人たちは、夜中に全員、向かい山にある山田高校に移動させられた。知人が奥さんと会ったのは、その山田高校。

  「うちの家内は、犬に助けられたんだ。残念なのは亡くなった人」。

  知人は家は流されたが、奥の方に、道場と言われる建物がある。そこで今、奥さんおよび2匹の犬とともに生活している。この話を聞いて、犬は野生の本能で危険を察知できたのかもしれないと思った。
(山田町)

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