盛岡タイムス Web News 2011年 12月 23日 (木)

       

■ 〈胡堂の青春はぐくんだ書簡群〜学友たちの手紙〉56 八重嶋勲 美人の絵葉書に徴兵逃れの事など…

 ■猪川浩

  83半紙 明治35年6月2日付
宛 東京市本郷区臺町三六 東北舘 野村長一様 平信
発 盛岡市四ツ家町六九 猪川浩拝
 
  (封筒の裏面に) 炎天君は急用で上京相也、予ハ炎天が上京したといってバタヅク様な者に非ず、イ(医)學シ(士)炎天に言ってくれ玉へ、お帰りの御土産とミマツのボールを購求せよと、
今朝起きて見ると手紙来る事、それ如山殊に君の手紙二通共実にうれしく拝見、されど折角美人の繪葉書きに徴兵逃れの事など書いて寄す事万々不埒也、美人號哭して時に悲調を含む、又何ぞ恨みなからんや‖昨日手紙を書いて置いたが、銭かなくて病院へ忘れて来たり、今朝は切手あるの所以を以って手紙を書く、亦可ならずや昨夜書いた者と今日書くものと何れ丈違ふてるか、後日つぶさに検し玉へ、入学願書の儀、早速承知、履歴書も要する、在学證書も要する、殊に保証人二人副迄も要するなり、繁文褥令(礼)とやら大変なものなり、願書も本人より届け出づるに非ず、父兄より届け出づるなり、世の中の変化亦驚くに堪へたり、没趣味な話これにて廃す、されど明後日迄に立派に出してやるべし、満員といふ事なし、なぜなれバ教場の都合といふに非ず、徴兵逃れの奸策に出でたるなれバなり、杜陵吟社創立記念会、会するもの十八名、抱琴、杏子、五山、三柊、月州、両渓、肆山、秋琴、秋皎、松郎、一骨、滋夫、青霖、薊子、椿堂、箕人、外門漢、宮川ケイ坊、村上四郎、五山兄不意に訪れたるは意外、皆も開いた口なりき、珍客を得て眉を開くとする間に、三柊君来る亦ものめつらし(き)次第なり、この前の例会の時雲軒君突然来りて予等を驚かして去りしも妙なりしか、今日もこの二客座にあり、抱琴子わざわざ東京より来れりと思ヘバいやハや満場ニコニコの悦ひ一方ならず、秋皎途中より腹痛の為め帰宅、
      運座、十題、
   田植、桐之花、薫風、火串、短夜、更衣、涼しさ、羅、掛香、祝誕生記念日
好き句もあらず、輪講ハ倒に依りて盛なり、特に抱琴君が『僕等の方でハこんなのがいけないです』とやっける、一骨眉を上げて『それは承りましょう』など当日警句かは存じ候、キ(箕)人おもむろに口開けバそれ松郎と論ずるなり、何しろ座中、キン(菫)舟兄あらず、田島先生なきを恨みニ候、松郎よく語るなり、一骨客観的に趣味あり、第一、家の店ヘハ「幣店一済(切)かけ價仕らず、如何となれバ黄金に等しき時間を費やせバなり」と書いてあるかと思ヘバ俳席に来て「これは親子の情」なんだもの、君この人を以って趣味ある人間となさヾるか、十一時散会、杜陵吟社万歳を唱へずと雖も句が澤山祝ってある筈なり、
   名物の林檎は赤くなりにけり
   筍の伸びて大きに育けり
   若竹の伸びよ繁れよ風薫れ
   筍の皆丈夫なる育ち哉
   四とせこヽに家なす材や夏木立
   涼しさの四歳なつかし吟社哉
   俳諧も三年金の牡丹咲け
   三才児に教へられたる螢哉
   這ヘバ立て立てバ歩めよ更衣 キ人
   時鳥啼け俳諧の誕生日
   夏五月三年味噌の色に出る 杏子
   此山に牡丹ハ多し花多し
   健かに菖蒲の御湯も四度哉 四山
     (この手紙には続きがあります)

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