盛岡タイムス Web News 2011年 12月 24日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉242 岡澤敏男 ビールと一体化した賢治

 ■ビールと一体化した賢治

  賢治がビールを飲んだかどうか分からないが、作品にはビールにちなむ表現が多い。童話「山男の四月」に「あなた、この薬のむよろしい…わたしビールのむ、お茶のむ。毒のまない」と六神丸を山男に飲ませようとする支那人が登場し、「紫根染について」では山男が「私は子供のとき母が乳がなくて濁り酒で育ててもらったためにひどいアルコール中毒なので…お酒を呑まないと物を忘れる…そのためについビールも一本失礼いたしました」と述べる。

  「水仙月の四日」では冬の陽光を「ビール色の日光」と、「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」では「東のそらは、お〈キレ〉さまの出る前に、琥珀色のビールで一杯になる」と形容している。

  またビール瓶のもつイメージを童話「おきなぐさ」には「えゝ、ひどい風ですよ。大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶(ビールびん)のやうにボウと鳴らして行く位ですから」と鳥の鳴き声を比喩し、詩篇「厨川停車場」では「けむりはビール瓶のかけら」と比喩している。

  もう一つ、興味深いのは「雲の向ふであるいははるかな南の方で/口に巨きなラッパをあてた/グッタペルカのライオンが/ビールが四樽売れたと吠える」という詩章をもつ作品です。

  これは日本麦酒が大正7年に銀座にオープンした「銀座ビアホール」の盛況ぶりの片鱗をのぞかせるもので詩ノート「東京」(9篇)の「神田の夜」(昭和3年6月19日)にみられるが、ゴム製に類するグッタペルカ製のライオンがビールが売れると吠える仕掛けになっており、ライオンが「四樽売れたと吠える」とあることは銀座ビアホールでビールを飲んだ経験を裏付ける詩章とみられます。

  さらにビール通の賢治を思わせる詩篇「青森挽歌」があり、ビール発酵のメカを隠喩し「さびしい心意」を表象しているとみられる。この作品は賢治がトシの魂魄を追って樺太へ旅をしたとき、青森に向かう夜行の車室で発想したものです。
 
  「はるかに黄いろの地平
  線/それはビーアの澱
  (おり)をよどませ/あや
  しいよるの 陽炎と/さ
  びしい心意の明滅にまぎ
  れ/水いろ川の水いろ駅
  /(おそろしいあの水い
  ろの空虚なのだ)/汽車
  の逆行は希求の同時な相
  反性/こんなさびしい幻
  想から/わたくしははや
  く浮びあがらなければな
  らない/そこらは青い孔
  雀のはねでいっぱい/真
  鍮の睡さうな脂肪酸にみ
  ち/車室の五つの電燈は
  /いよいよつめたく液化
  され」
 
  後段にある車室とはビールを醸造するタンク内のこと。その「水いろの川」でビール麦芽が発酵・熟成する工程が描かれ、その熟成のはてにタンクに澱む麦汁(ビーアの澱)に「黄いろの地平線」が幻覚されたのでしょう。「青い孔雀のはね」とはビールの泡を指し農学第2部の「農産製造」「食品化学」の教科で学んだ清酒、ビール醸造の知見がみごとに反映されているのを見ます。賢治はビール麦芽の苦い沈澱物のなかに健在だった頃のトシをはるかな「黄いろの地平線」として幻想したのです。それは「さびしい心意の明滅にまぎれ」た過去へと逆行するもので、ビールと一体化した賢治の心象であったのです。


 ■詩篇「厨川停車場」(『春と修羅』補遺)

(もうすっかり夕方ですね)
けむりはビール瓶のかけらなのに、
それらは苹果酒(サイダー)でいっぱいだ。
(ぢゃ、さよなら。)
砂利は北上山地製、
(あ、僕、車の中へマント忘れた。
すっかりはなしこんでゐて。)
 
(あれは有名な社会主義者だよ。
何回か東京で引っぱられた。)
髪はきれいに分け、
まだはたち前なのに、
三十にもみえるあの老けやうとネクタイの鼠縞。
  (第三連略)
Larix,Larix,Larix, 
青い短い針を噴き、
夕陽はいま空いっぱいのビール、
くわくこうは あっちでもこっちでも、
ぼろぼろになり、紐になって啼いてゐる。
            (一九二二、六、二、)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします