盛岡タイムス Web News 2011年 12月 28日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉261 伊藤幸子 「お大師さまの日」

 風垣の穴出入る客や大師講
                      五十嵐牛詰

  師走もおしつまってくると、お大師さまの話を思い出す。むかし、十二月になると、さまざまな神さまのお年取りがあり、さまざまなものを供えて祈りをささげた。8日はお薬師さまのお年取り、10日は金毘羅さん、11日がおいなりさん、18日は観音さま、そして21日はお大師さま、24日が地蔵さん、28日がお不動さまのお年取りと定まっていたものだった。

  むかし、といっても60年もの歳月を重ねると、詳しい日にちは大分おぼろで、まして大方旧暦でお祀(まつ)りしていたと思うので、今は季節に合う新暦の日を当てているようだ。

  日頃農耕に明け暮れていても、こと神さまの行事だから、いとも丁寧に敬虔に神棚を清め、お供えをしたものだった。それは豆であったり、二股大根であったり、あずきがゆの日もあり、えびすさまの日は尾頭付の魚があげられた。子供心に、おもちの日がうれしかったが、おいなりさんのお年取りには粉もちでなく、ちゃんと臼(うす)でついたもちを供える習いであった。

  ところで食通の故池田弥三郎さんの「私の食物誌」に「大師講」の話が出ている。「お大師さまが諸国を回ってある晩、ある老婆の家を訪れた。老婆は貧乏でお大師さまにごちそうできなかったので、隣家からこっそり小豆を盗み、それで小豆がゆを作ってさしあげた。しかし老婆は片方の足をひきずって歩くため畑にその特徴ある足跡が残ってしまった。お大師さまはあわれに思って、その夜、雪を降らせて足跡をすっかりかくしてやったという。それで大師講の日に降る雪を「跡隠しの雪」といっているとのこと。

  また、今年9月に急逝された辺見じゅんさんの「花子のくにの歳時記」にも美しく哀しい話がいっぱいつまっている。「秋田や岩手では旧暦の11月24日を『オデァシコさまの日』と言い、この日はあずきがゆに一尺五寸ばかりの葦(あし)の箸を添えて神さまに供える習いだった。オデァシコさまには24人もの子供がいて、それぞれに長い箸であずきだんごを食べさせた」と書かれている。これは私には一番なじみ深い話に思われる。しんしんと降る雪の夜、家族仲よく息災にオデァシコさまのお年取り。24人もの子らに囲まれていたら、どんな困難でも乗り切れそうだ。こうして日一日と神々のお年取りをすませて、いちばん最後に人間のお年取りが待っている。来む年は初松風の澄みわたるよい年でありますように。
  (八幡平市、歌人)



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