盛岡タイムス Web News 2012年 2月 1日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉266 伊藤幸子 小籠包

 愛を言う小籠包(しょうろんぽう)に汁溢れ
                     金子喜代

  新暦でも旧暦でも年改まり、すがすがしく淑気(しゅくき)の日々を送る中、1月23日は旧暦の元旦だった。この日、中国では春節のお祝い日で、テレビに横浜中華街の場面が映った。時折爆竹がはぜ、歓声があがりにぎやかな楽曲が響き、獅子舞も見えて盛り上がっていた。いろんなものを食べ歩く老若男女、その中に「小籠包」と書かれたのれんの下で、パック入りのものを買ってその場で食べる人々がいた。

  なんというタイミング、私はこの日、届いたばかりの「現代川柳」誌を読んでいた。そしてこの「小籠包」の句に出会い、ウン?おいしそう!と反応したのだった。私のイメージでは「きょうこそ愛をうちあけようとしたのだけれど、アツアツの小籠包をほおばっていて、アラアラ、汁があふれてしまったわ、どうしよう!」とあわてふためく乙女のさまが見えた|。

  まるでそんな私に実物公開するがごときテレビの画像、私はすっかりうれしくなって、尊敬する神戸の柳人に祝春節の電話をかけてみた。「やあ、おめでとうさん。今、元町の中華街から帰ったところです」と、疑問の「小籠包」をくわしく説明して下さる。私が「タコ焼きみたいで6個ぐらい入ってて、汁がひたひたで」と言うと「そうそう、味はブタマンみたいで、台湾風と上海風があります。一パック千円ぐらいかな。送りたいけど汁があるからねえ」と笑われる。「小籠包は昔は春節の食べ物でしたけど今は年中ありますよ」とのこと。

  私が神戸を訪ねたのはひと昔も前の秋口だった。元町のにぎわいは異国情緒にあふれ、人ごみに疲れを覚えたが、小籠包は食べなかった。やっぱり春節のめでたいふんいきの中で、汁をたらしながら食べるものであろう。その方が言われるには、ことしの春節は中国人の観光客が多いという。それも集団で春節の休暇を利用して来ているようだとのこと。東京でも秋葉原や盛り場には中国からのお客さんが大量に商品を買う風景がみえた。

  同じ金子喜代さんの作に「るるぶ買い逢う口実を探すゆび」とある若さ。おしゃれな「るるぶ」誌をこわきにはさんで旅を夢見るひととき。でも「食べ終えてしまえば二度と逢えぬ仲」とも詠まれるあたり、自在な生のふしぎさが伺える。食べることも逢うことも、ドラマ性を秘めて魅力的。「忘れぬようときどき吼える龍の背(せな)」とはくだんの春節の君、杣游さんの年初の句。思わず「小籠包を食べに行かむか」と下の句をつけてみた。
(八幡平市、歌人)



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