盛岡タイムス Web News 2012年 2月 3日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉62 八重嶋勲 数学の試験 見事失敗つかまつり

 ■村井庄二郎

  86はがき 明治35年6月22日付

宛 東京本郷区臺町 東北舘内 野村長一様
発 盛岡市大澤川原小路 村井庄二郎

拝呈暑さも日増厳しく相成り候處、御壮健で御勉強の事と存たてまつり候、母のうせし節は御叮嚀なる御悔み状下され有難御礼申上候、老女不定は巳(己)れ巳(己)れ聞き居り候が、今度の今度は中々得心しかたく候、あゝどうも世の中はまゝならぬもの、今年の試験は白紙に了の字でも書くより仕方はありませんでしやう、あヽ世の中はなぜまヽならんたろふか、
 
  【解説】母の死去に際し、長一が丁寧なお悔み状を上げたのに対しての礼状。そして、村井庄二郎は母の死を本当に心から嘆いている痛切なはがきである。
 
  ■後藤清造

  87巻紙 明治35年7月5日付

宛 東京本郷区臺町三六、東北舘内 野村長一様 急
発 仙臺鹿ノ子清水通二四、岩手會 後藤清造

平賀君へも宜敷願上候
Not pass! I will every you. Be merey for me.
数学の試験見事失敗仕り、氣持悪しくて昨日の文典見る氣もおこらず心の苦は人に語ると和らぐと申し候得バ、御迷惑でも兄へ申上るに候、
算術(?)、これなどハ見た事ないので0失敗、其他も大同小異及第などの大望今は水の泡と消え候、されど四、五十点ハ取りたるべくや、自分ながら審(?)かしく候、三ツ児の魂百までも、迚も無能ハ無能に終り候、また不憫ニ候はずや。然るに先頃飯村三郎君御上京とて御立寄有之候得しが、上京せりとて端書被下候、折りのお宿元ハ君の下宿屋なりしが、今なほさ様に候や、実ハ目下○は○にて困り候得バ、もしなほお出でに候ハバ都合よくバ送りて被下度、また都合あしくバあししと御申越被下度いと御傳言相頼度候、御承知の通なり、家へハ帰りたい小生の事故試験終了の翌日(九日)の朝出発致度心組に候處もし御送金なけれバ国元へなり電報にて取寄せ出発可致候得バ何卒君よりよい様に仰せられ度候、

最も君のお宿を去りて姉様の處へ御出でになったなら何ふかそこへ端書なりにて御申送り被下度、小生ハその姉様の所を知らぬ故いい遣りかね候間、宜敷願上候。
兄ハ何日のお帰国に候や、やはり十四、五日に候や、小生などハ用なき所へハ一日も居るべからず主義で早速帰り候。

兎に角に今年ハ三郎の当り年に候、電報料二十銭さへあれバ病などハ何のそのと力味居ること得べく候。
村井君も一日より御上仙なり、医学専門学校の試験をうけられ居り候、
猪狩君も大勉強に候。
九日には村井君、大川君其他の諸君と大挙して帰るつもりに候、今はたヾ家に帰ることのみ待ち居るに候、また飯村君ハ何日頃御帰盛なるべくやをも御きヽとりの上御一報被下度候、なほ氏へこの旨申きけられ度候。
先は右まで拝。                       清造拝
野邨君
    机下

早稲田の高等ヨ科でハ九月追募集するとの事、今はそれへ参るべしと存じ候、要之落第ハ人をしてやくにたヽぬ様するもの、いやな事甚だし。
人事を尽して天命を待つと古聖人ハいへるに吾ハ人事を尽さずして天命に運りあふ、而も厄運なり、悲しい事なり。
昨日までハ雨ハふったが今日、快晴、尚面白からぬ、即ちうったうしき晴天と相成候。
あと三日のみ猶豫故飯村君へよろしく願上度候、家にかへる事出ぬ様でハ小生もだえ死すべく候。
 
  【解説】仙台の医学専門学校の試験を受けて、数学はじめ各科目で失敗したようである。また、村井庄二郎、猪狩見龍、大川源兵衛も、仙台の上級学校を受験していることが分かる。また、「早稲田の高等ヨ科でハ九月追募集するとの事、今はそれへ参るべしと存じ候」と次の受験校のことも書いている。

  後藤清造が、仙台からの帰りの汽車賃がなくなり、帰れないので飯村三郎君に、旅費の工面をお願いしたい。ついては仙台に立ち寄った後、上京した飯村君に、長一からその旨連絡願いたいと懇願している。飯村三郎君とは、後藤清造の親友であろうか。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします