盛岡タイムス Web News 2012年 2月 4日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉248 岡澤敏男 農民劇10年の歩み

 ■農民劇10年の歩み

  昭和2年3月8日に賢治を訪れたときに「小作人たれ、農村劇をやれ」と生涯の教訓を受けた松田甚次郎は、3月末に盛岡高等農林学校実科を卒業し山形県最上郡稲船村大字鳥越(現新庄市鳥越)の我が家に帰った。

  松田家の祖は300年ほど前に鳥越館主の家老格にあったが、館主が近江へ転封の折、居残って農業に従事し沼沢地を開拓して水田を開いたという。

  父甚五郎は14町歩の水田と50町歩の山林を所有する素封家だったから、後継者で長男の甚次郎が小作人として働くことには賛成しなかった。その父を説得して、水がかからなくて小作人から返された6反歩の水田を借り受けやっと小作人になったのです。

  しかし労働用の股引とはんてんを着、前掛けをかけ、頬かむりして町に出かける甚次郎の姿を見て「松田の息子ならそれらしく、高農を出たなら教員でもしたらいいのに、ど百姓のかっこうして…」とうわさされたりしたという。

  花巻の素封家宮沢家長男の賢治が教員をやめ、百姓生活に転じたことに対する周囲の冷笑と共通するものだったのでしょう。

  実家から出て3坪の小屋を建て、羊を飼って小作生活を始め、村内の青年有志に働きかけて鳥越倶楽部を結成し、「郷土文化の確立、農村芸術の振興」の綱領を掲げることにした。そして賢治から受けた二つ目の教訓の「農村劇」の企画にとりかかりました。

  この秋の村祭りに「村芝居」を提案し脚本づくりにとりかかったのです。村では水渇れの頃になると、隣り同士、親族の間柄でありながら水掛けげんかは絶えることがなかったことを踏まえて、ドラマのテーマは田植後の水不足の問題にしぼって脚本を書くことにしたのです。

  ほぼ筋ができたが何か脚本として物足りなさを感じたりしたので「こういう時こそ宮沢先生に会って指導を乞うのがいちばん」と、8月8日に賢治のもとへ脚本を持って訪れました。

  「先生は喜んで迎へて下さって、色々とおさとしを受け、その題も『水涸れ』と命名して頂き、最高潮の処には篝火(かがりび)を加へて下さった。この時こそ、私と先生の最後の別離の一日であったのだ。余りにも有難い貴い一日であったのだ」と『土に叫ぶ』にその消息が書かれています。

  やがて『水涸れ』の脚本が出来上がったので、毎夜八幡神社の灯火の下で20余名の青少年は、昼の労苦も忘れて稽古を続け、甚次郎が賢治と約束した農村劇の初舞台を昭和3年9月10日に開演したのでした。

  続いて昭和4年1月に『水涸れ』を再演。昭和6年には『壁が崩れた』、昭和7年には『国境の夜』(秋田雨雀作)、昭和8年には義民劇『佐倉宗吾』を上演、昭和9年には風刺農村喜劇『結婚後の一日』(樋口紅陽作)、昭和10年には選挙粛正劇の『或る村の出来事』(中野実原作)、シェークスピア作『ベニスの商人』、昭和11年には『故郷の人々』、浪曲劇『乃木将軍と渡守』を上演、昭和12年には農村社会事業資金獲得のために映画とドッキングし「農村劇と映画の夕」を企画しました。

  鳥越共働組合(鳥越倶楽部の後進)が主催し、山形県社会事業協会の後援で新庄町平和館で興行しました。青年部の『ベニスの商人』、『故郷の人々』、『乃木将軍と渡守』に『赤垣源藏』を上演し、県から『輝く大地』、『青い鳥』の映画が賛助されました。

  このように松田甚次郎は昭和2年3月に賢治から指示された通りに昭和3年より12年まの10年間を、ひたむきに農村劇の上演を実践して行ったのでした。

 ■松田甚次郎の「農村劇の一考察」
 
  農村劇の要綱を、体験を基礎にして、記述することを許していただきたい。先ず農村劇の理想形態からして、その目的を列挙して置く事にする。

  第一は、我々の農村劇は農村の娯楽の整頓と綜合、即ち芸術化を目標とすることを挙げねばならぬ。第二は、農村の淋しさと退屈とを救ふ社交機関にしたい。第三に、農村人の教化訓練に役立たせ、結局に於て、農村文化の向上に帰一せねばならぬものと信ずる。然しながら、その目的意識は、決して囚われたる頑固、執着ではなく、いつも民衆芸術と協調する充分なる余地の存するものでなければならない。そしてこの目的意識は、その中心指導者が、芸術の種々の形態から、その一つを選択する際の、一つの目安として考へるとよいので、演出者や観衆に対して、一々それを強調する必要はないと思ふ。最初は、観衆は無頓着で、単に興味本位で出発するのが自然で、やがて彼等が、いつとはなしに、十年かかっても宜いから、その急所を自覚した時、それが農村劇としての目的なのである。

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