盛岡タイムス Web News 2012年 2月 6日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉57 照井顕 村上軍記の逆説・般若心経

 あれは2006年の11月11日だった。店に出勤したら、地下の階段を降りたドアの前に、「生牡蠣(かき)」と鉢植えになったピンクの「シクラメン」そして走り書きの「村上軍記・又きます」の紙一枚。

  盛岡に店を開いた2001年、音楽とオーディオ好きの友・菅野信夫さんと連れ立って、陸前高田から来てくれた日も僕は不在だった。そしてあの日も開店前。2度も会えず申し訳なく思い、僕は半紙に「ピンク色の花咲く音室あたたかい」と筆で「カキ(書)」送った。

  それから1週間後には、「書」を額装して、自分の部屋のステレオの上の壁に飾った写真を添え「我が家の家宝」という手紙をくれた。それには「自分の人生の中で最大の敬意を払う友人かも知れません、貴方の感性には正直に申しまして感謝感激です」で逆にビックリ!

  その軍記先輩に会ったのは、1974年。「高田音楽鑑賞会」の名で7年間続けたレコード・コンサートに、東京帰りの彼「軍記」さんが持ち込んだのが「孤軍」という、秋吉敏子・ルー・タバキン・ビックバンドのデビュー・アルバム。それを聴かせてもらったお陰で、今日の「穐吉敏子ファン・照井顕」が生まれたのだから、僕こそ最大の敬意を払わなければならない友人なのでした。

  「なのでした」というのは2011年3月11日の大津波で彼は亡くなられたと聞いたから。一度は避難したのに、カメラを取りにすぐ下の家に戻ったらしい。山が好き、当然写真も好きな人だった。時折、写真入りの手紙やはがきが届いた。彼の人生観を変えた究極の1枚は「デュークエリントン&ジョンコルトレーン」のインパルス盤。「針をおろす度に涙を流しながら聴いた遠い思い出」と書いて来た時があった。

  「孤軍」については「14日19時(’06年11月)久しぶりにKOGUNを聴いております。懐かしいです。当時の事が走馬灯のように想い出されます。都会の生活から逃れ途方に暮れてた時、音楽仲間に出会った。素敵な付合いをし、情熱に溢れた豊かな生きがいを持ち、充実感に満ちた最高の生き方が出来たと自負しております」とある。

  軍記さんの手紙を全部読み直しながら、このことが、僕が歌う「逆説・般若心経=経心多密羅波若般訶摩」なのだとあらためて思った。
(開運橋のジョニー店主)

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