盛岡タイムス Web News 2012年 2月 8日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉267 伊藤幸子 「玉ぼうき」

 酒飲めず何にて心癒すべし「酒は憂ひを掃(はら)ふ玉箒」と
                            入蔵多喜夫

  「山梨県甲府市屋形」のおところから年賀状を頂くようになって40年になる。甲州街道甲斐のご城下、ライトブルーのモンブランの筆跡が目にあたらしい。昨年はうさぎの羽根つきのほほえましい絵柄に「老骨に鞭打つてまで頑張らない少し油を注してがんばる」とあり、初笑いの頬がゆるんだ。そしてことしはこの「玉ぼうき」のお歌。図案化された「龍」の墨痕あざやかに、両端には古式の料紙の流紋が描かれている。

  ところでこの「玉ぼうき」が酒の異称ときくいわれをはっきり知らずに来た私は正月早々恥の「かきぞめ」をした。その出典を自分で調べることなしに、甲府の先生にお尋ねしたのである。なんという不しつけな、またあまりの常識知らずにあきれられたと思うのだが、まだ正月気分のぬけきらぬうちに、大層ご丁寧なお手紙で教えていただいた。

  「〈酒は憂ひを掃ふ玉箒〉は、宋代の詩人蘇軾(そしょく)の〈洞庭春色〉の漢詩の中に出てきます。蘇軾が〈洞庭春〉と銘打った酒をもらい、飲んだところ、これはまさに〈掃愁帚(そうしゅうそう)〉だと感じ入り〈愁ひを掃ふ玉箒〉と詠んだ詩といわれています。辞書にも「玉箒」の項に〈飲めば心配ごとをはらい除くから酒の異称〉と出ています。拙作は、大病の前までは少しばかり酒も飲めて、愁いをやることもできたのに今は…との嘆きが実感としてあります」と、諄々(じゅんじゅん)と説かれてある。

  「苦も怨もみな忘れたり心臓の大き手術もそのうちにあり」と詠まれ「ちちははの知らぬ齢に入りてゆく七十五歳爾後の茫々」とも詠まれる作者。「詩人(うたびと)になれず虎にしなりつるは我かと沁(し)みて〈山月記〉読む」との深い精神性に感銘した。唐時代、かつての秀才二人が再会した。袁●(えんさん、さんは人偏に参の旧字体)は政府高官、もう一人李徴(りちょう)はなんと虎になっていたという度肝をぬかれる物語。昭和17年、33歳で世を去った中島敦の作品は今に新しく、平成21年は生誕百年で、友にあてた遺書として話題をよんだことだった。

  さて節分には甲府の三大祭りの一つ「大神(だいじん)さん」の追儺式が行われた由。また横近習(よこきんじゅ)大神宮の獅子舞は、武田信玄の父信虎の代よりうけつがれているという。2月10日には南アルプス市で「十日市祭り」と綴られる。「さくら花咲けるかなたの甲斐駒にうすむらさきに残雪にほふ」との甲斐盆地は、もうふた月もすれば「洞庭春色」の景の訪れかと想像している。
(八幡平市、歌人)



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