盛岡タイムス Web News 2012年 2月 9日 (木)

       

■ 〈春又春の日記〉49 古水一雄 無題(通算四十冊) ああ血だなと思ふて枕に就いた

 「無題(通巻第四十冊)」には、題名がなく和綴じ筆書きとなっている。なぜかところどころ墨を塗って消したところがある。10月6日に先立って次のような前書きがおかれている。
 
   故人ハ思ふことがあれバ穴を掘つてそ
   こへしやべりこんだそうな、人にしや
   べると何かとごたごたが生じて面白く
   ないからその工夫だろう、
   余ハ故人にならふて當(当)分この日
   記を以てこの穴の代用にするつもりだ
   
  愚痴や悪態を書き付けてはみたが、冷静になって読み返すと後に残すような内容ではないと思い墨で塗りつぶしたのだろう。
     
  「無題(通巻第40冊)」  
 
「無題(通巻第40冊)」
 
 
  就寝中に身体に異変が生じた。10月10日のことである。
 
   今朝 拂暁(明け方)啖に覚む、啖が
   出たなと思ふたから夢裡(夢を見てい
   る間)に之をのみこんだ。又出た、又
   のみこんだ、眼がはつきりして来た、
   妙な感じだ、喉にハなにかち(つ)ま
   つてあるらしい、障子が白んで桐の葉
   ニ風がばさつく、月で白いのか夜が明
   けたのかわからぬ、又啖がこみ上げて
   来た、もしやと思ふて枕元に脱ぎ捨て
   の衣物の袂から鼻紙を出して啖を吐い
   て見る、白い紙に真黒い烏賊汁のやう
   なのが出た、あゝ血だなと思ふて枕に
   就いた、さびしくてさびしくてたまらぬ、又
   こみ上げて来る啖が五六度出た、出る
   度にその紙に吐く、一枚の半紙がまッ
   黒いものとなつた、仕様がないから床
   を起きて机邉の反古を用意に引きよせ
   て又枕に就いた、あゝ万事休かとも思
   ふといよいよ眼がさえてねむれぬ、そ
   のうちにいよいよ障子が白む、うとうと寝た、
   工藤先生に診て貰ふたら氣管が非常に
   充血して居るとのことであった、心配
   だから病院(盛岡病院)ニまで行くと
   院長様が欠勤といふので空しく帰つた
   (後略)
           
  吐血は、明治39年7月23日の夜読書の最中にもあった。咳き込んでいるうちに血魂を吐きだしたのであった。このときの血の色は真っ赤なきれいな血であった。吐血の原因はわからずじまいであった。
  今回の血の色は真っ黒いイカ墨色である、しかも血塊となって出てくる。掛かり付けの工藤医院(現工藤内科医院)での診断では気管の充血によるものとのことであった。念のために盛岡病院(岩手県立中央病院の前身)でも診てもらっているが、こちらでは咽喉の炎症ということであった。いずれの病院でも病根については触れていない。
  2日後の12日に再度盛岡病院に出かけている。
     
  盛岡病院(「盛岡四百年・下〔1〕」より)  
  盛岡病院(「盛岡四百年・下〔1〕」より)  
 
   マッサージの帰りを盛岡病院に行く、
   川上学士の診を受く、暗室診察所とい
   ふに灯ともして椅子に座す、左側の鏡
   かなにかニ看護婦の持つ灯が反射して
   まぶしい、口を大きくおあきなさい、
   大きくあく、アーンとお言ひなさひ、
   アンといふ、もういゝとそゝくさと学
   士が暗室を出る、余も踵いで出る看護
   婦ハふっと灯を消す、長い廊下を余を
   後にして学士ハこんなことをそゝ余に
   告げた、喉が爪で引つかいたようにた
   ゞれて居る、血痰ハ多分こゝ出るのだ
   ろ、今の内ハ喉丈かだが気管に成り易
   いから、今の内ニすつかり注意せにゃ
   ならぬと今の内を二度くりかへした、
   含嗽薬と吸入剤と大瓶を二つ手にして
   病院を出た
 
  改めて詳しい診断を受けたところ、喉の爛(ただ)れということであった。日記にはこの後しばらく喉からの出血については書かれていなかったが、10月29日に次のような記述が見える。
 
   午前病院歩きに消す、ゆうべの血啖(
   痰)恐ろしくなりたるなり、先づ盛岡
   (病院)に行く院主未だ出勤せず、岩
   手(病院)に行く已ニ出勤しあれどグ
   ヅグヅ、十時漸く診を受く、水薬を貰
   ふ、去つて又盛岡に行く、院長曰ふ、
   先達より悪くなつて居ます吸入をやつ
   て居ますか、なーに面倒だからやりま
   せん、それじやいかん云々
       
  盛岡病院に行ったものの院長が出勤していないということで、岩手病院(現岩手医科大学附属病院の前身)に行く。昨晩の血痰がよほど気になったとみえる。岩手病院での受診後、盛岡病院に戻って院長先生の診察を受けるが、前より悪くなっていると吸入を強く勧められる。しかし面倒くさいと春又春は吸入を拒んでいたため、重篤とはいえないが慢性気管支炎に移行してしまった模様で、この後も時折血痰を見るようになってしまったのだ。


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