盛岡タイムス Web News 2012年 2月 9日 (木)

       

■ 〈大震災私記〉113 田村剛一 気づかずの標識

 国道45号を車で走り、海岸沿いの平地から山間部の坂道を登ると「津波浸水想定区域ここまで」という大きな文字で書かれた国土交通省の標識板を目にする。

  その道を逆方向に進むと、標識板の裏側は「ここから津波浸水想定区域」とする。恐らく、車を運転する人で、この標識板に気づかない人はいないと思う。しかし、それを頭に置いて運転していたかどうかとなると疑問になる。

  私は車の運転はしない。運転免許を持たないからだ。でも、幾度となく人の車に便乗して、久慈から大船渡までの道は行き来した。ボートの監督をしていた時代には、南は宮城県南三陸町、北は下北のむつまで、よく他人の車で行き、大会に参加した。

  今まで、どのくらいの人に乗せてもらったか分からない。ところが、今まで一度も「ここまで津波が来るんですね」と標識を見て言われたことがない。だから、どれだけの人が、この標識に関心を持っていたか分からない。

  そして思ったこと。「この標識通りに避難していれば、犠牲者はもっと少なくて済んだのではないか」。そういう思いがしてならなかった。少なくとも宮古・山田間は標識以上の所には津波が来ていなかったからだ。

  欲を言えば、国道以外、県道にも町道にもこのような標識があれば、さらに、犠牲者を少なくすることができたように思われる。

  この津波標識で無知を恥じることがある。津波後初めて山田から宮古へ向かう国道で路肩に立つ小さな標識板が初めて目に入った。津軽石付近でのこと。その標識板には「津波注意津波想定区域」とあった。今回の津波で、この標識板の立っているところは、私の見る限り、ほとんどで津波の被害を受けていた。

  ところが、この標識板に気づいていた人がどれほどいたか。中には「あんな小さな標識板、危なくてみておれない」と言った人もいる。それだけ、気づかなかった人も少なくない。

  こんなに立派な標識板が、あちこちに立てられていながら、なぜそれが生かされなかったのか。車で亡くなった人も多いと聞くたびに残念でならない。

  この国道の標識板の高さと、各自治体の避難場所設定の高さがどう関わっていたのか、それは分からないが、標識板以上の高さに設定されていれば、避難場所で犠牲になることはなかったように思われる。

  どんな立派な看板も、人に気づかれなければ無用の長物になる。また逆に、それを生かすも殺すも人。今まで気づかなかった、津波防災の小さな標識を見て、そんなことを思った。
(山田町)


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