盛岡タイムス Web News 2012年 2月 10日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春をはぐくんだ書簡群〜学友たちの手紙〉63 八重嶋勲

 ■猪狩見龍

  88 大学ノート 明治35年7月?日付

宛 本郷区台町三六 東北舘 野村長一
発 猪狩見龍

(封筒裏に) 村井庄兄と来月一日来るつもり、母堂の死なれたので御力おとし哀しい事に候
       清造申候、手紙は上げませぬが、豆しく候、御受験ありたく候、
  君は忙しくつて詩をよむひまがなかろうこれがWordsworthのTo a young ladyと言ふ詩の一節である (など、英語の詩が一ページに書いてあるが省略する)

  今日は隣に泊って居る女学生が、弾くバイオリンの音で昼寝がさめたところへ三郎君がやつて来て東京に行くと言ふので今君に手紙をかくのである、
僕達は今日学校へ行つて受験証を取つて来た、試験は三日より八日まである、僕は九日の仙台発午前四時何分の汽車で直ちに帰る目ろみでとても君と一しょには帰ることが出来なへ、後藤君は八日の下り汽車にて直ちに帰るそうな、
僕は再び故郷に帰って大に教鞭を励ふて金を蓄めて来年にゆるゆる専門校に這入るつもりぢや、今年若し間違って入学しても、洋服を買ふ金がないと言ふ訳ぢや、来年はせめて半ヶ年位の学費をこしらへて入学せねばならぬ、
仙台は盛岡よりはよいと所と思ふ、空気は盛岡より汚ないかもしれないけれど、廣瀬川と言ふ川がある、北上川に比して廣瀬川は余程詩的である、食後の散歩は廣瀬川畔の逍遙である、この川のほとりに立ちて晩翠を思ひ、樗牛を思ひ、Wordsworthを思ふと実に何とも言ひない、
青葉城とはどこかは知らないが、青葉と言ふ名を聞いてさへ涼しい感じがする、環緑園の柱のハンモックに臥して廣瀬川の川音を聞きみどりしだヾる竹の間より水面を眺むるほど愉快なことがなへ、時には隣りのバイオリンを聞くも亦詩的である、隣りの女学生君(未だ顔が見ないが)の弾くバイオリンが実にまずい、併し其まずい所は却つて趣味を増すのである、仙台は盛岡に比しては詩的だと云ふのは僕丈けの推断だかも知れぬが、僕は何しろ仙台に住むのは厭でいやでたまらぬ、僕は早く家に帰つて生徒の顔が見度くなつた、小山の薬園の林森野が見たへ、鴬がきヽたい、山鳩がきヽたい、オルガンが弾きたい、然し僕は家に帰るに落第と言ふ看板を着て帰るのであるから余程肩がせまくなるのぢや、是れから僕も家に帰つて今後満一ヶ年間自由讀書と自由散歩と自由詩作と自由音楽をやるつもりである、以て僕の自由なることが分り得らるヽ、
今年の夏はとうしてくらすつもりぢや、君もやはり白いすヾの附いた帽子を被って帰るのですか、露子君と一しょに』
露子君が先日書を寄せて旧い友が一番恋しいと言はれたが、僕はそれに就いて深く思ひ深く感じた、どうしても一番旧い友が眞の友であるかも知れぬ、僕はそう断言する、君は実に酷いんだ、僕は川口と云ふ名をきいても、身の毛がよだつ程であるに、あんなこと言ふて実に僕は刺さるヽ様な感じがある、キ(箕)人君も必ず手紙を送る毎に川口云々、三郎君も川口云々、実に僕は堪へない次第である、然し、僕は身の毛がよだつと共に其消息が知りたい、実に人間が不思議な弱点と好奇心とを持って居るものである、野村君、菫舟君僕等は今こんなこと言ふ時ではなかろうよ、僕達は二十世紀に活動すべき消息火山ではあるまいか、吾等の正に噴火すべきは何年頃であろうか、
君はH‐ ‐O‐ LL‐ I‐と言ふこと知つて居ますか、x+yを言ふこと知って居ますか、
1/f+1/f’=1/Fと云ふこと知つてますか、僕は僕の威大なる理性と斗大なる脳を以て朝夕コツコツやつて居る、然し他人に比しては未た足りない否其半分にも及ばぬ上晝寝と、詩をよむことヽ散歩することに一日の半ばは消費されて居るからである、どうしても僕は小山に居た気があって散歩する慣のために時間を費すのである、その歩いて居る間は何を考へてあるいて居るか分らぬのである、盛岡で逢ふまで健在なれ、
   不如帰思出の記がよみたくなってたまらなへ
  野村菫舟兄
      五城廊下にありて
                猪狩湖畔
 
  【解説】郷里胆沢郡若柳の近くの小山で学校の代用教師を勤めて、資金を貯め、仙台医学専門学校を受験しようというのである。受験証を受け取りいざ受験であるが、今少し自信がないらしい。仙台の広瀬川河畔に宿をとっており、仙台の町の詩的な様子を伝えている。

  文中の「僕達は二十世紀に活動すべき消息火山ではあるまいか、吾等の正に噴火すべきは何年頃であろうか」という言葉が、当時の青年の思いを暗示していてとてもよい。


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