盛岡タイムス Web News 2012年 2月 11日 (土)

       

■ 岩手復興局が開設、宮古と釜石に支所 復興への司令塔

     
  岩手復興局の看板を掲げる津川政務官(右)と井上局長  
  岩手復興局の看板を掲げる津川政務官(右)と井上局長  
  東日本大震災津波の発生から11カ月を前に、復興の司令塔となる復興庁が10日、発足した。担当する初代復興相には岩手選挙区選出の平野達男参院議員が就任。東京の本部のほか、被災の甚大だった岩手、宮城、福島の3県には出先の復興局が設置され、それぞれの地域で地元自治体などと連携し、地域の目指す姿で復旧・復興を実現していくための機関として役割が期待される。本県の復興局では、9日まで置かれた政府復興本部岩手現地対策本部の津川祥吾本部長が担当政務官として任命され、引き続き岩手を担当する。

  復興庁は、発災直後から必要性が唱えられ、検討を始めた国の各省庁をまたぎ、迅速で実効性のある復旧・復興につなげていくための組織として設置された。しかし、組織のあり方などをめぐって体制がなかなか固まらず、昨年12月9日に復興庁設置法が成立し、正式に発足がようやく決まった。

  2021年3月までの設置。各省庁より高い位置づけで、野田首相がトップとなる。復興に関わる企画や復興事業の進行管理、復興特区の認定や復興交付金の分配などを担う。

  10日は平野氏らへ辞令交付され、復興庁としての業務をスタートした。本県には盛岡市に復興局が置かれたほか、対策本部時にはなかった沿岸への支所を宮古市と釜石市に開設した。

  岩手復興局は現地対策本部のあった盛岡市中央通1丁目にそのまま置かれ、スタッフは対策本部からの継続。県内は対策本部事務局長だった井上明局長をはじめ、各省庁から出向の30人体制で当面の業務に当たる。本庁直轄の青森事務所(八戸市)も実質的に所管。青森県を含む北部班、宮古班、釜石班を各5人体制で組み、各所に2人程度は常駐する。

  10日午後、復興局で津川政務官と井上局長が陸前高田市の被災松を材料に作った看板を事務所前に掲示。津川政務官は職員訓示で「新しく看板を掛け替えたが、新しいスタートとは思っていない。約8カ月、皆さんとともに被災地、被災者によりそって支援してきて、本日を節目としてさらに加速させていく日と認識してほしい。現場が非常事態であるという認識を持ちながら一日も早い復興を成し遂げるよう全力を尽くしてほしい」と述べ、被災地のため一丸となって職務に当たるよう求めた。

  津川政務官らはその後、宮古、釜石の両支所を回り、看板を掛けた。両支所は県の合同庁舎内に置かれ、地元採用職員を募集している。


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