盛岡タイムス Web News 2012年 2月 22日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉269 伊藤幸子 「しらぬ筑紫」

 しらぬひ筑紫の山の若みどり瀬戸を隔てて見ればうるはし
                                     木原昭三
 
  日中でも氷点下の気温の日々にうずもれて、南国の陽光を恋いながら重厚な歌集を読んだ。昭和3年生まれの元高校の先生の第三歌集。「しらぬひ」は「筑紫(つくし)」の枕詞で「知らぬ日(多くの日数)を尽くして行く地」の意から「筑紫」は「九州の古称。また筑前、筑後を指す」と解説される。

  「きさらぎの朝の空に土降るを風邪ひきの眼に茫と仰げり」「黄砂舞ふ空にひかりを失へど春の夕日の紅(こう)美しき」春先、東北にも黄砂が降ることがあるが、車の窓が黄土色に汚れているのを見て気付く程度。九州では春到来の通過儀礼とみなされているようだ。

  「呼び慣れし炭焼一区の字(あざ)の名も住居表示変更に消ゆ」平成になってからことに市町村合併が進み、古い町名が消えた。木原さんのところも「福岡県糟屋郡宇美町炭焼一区」で長いこと年賀状をさし上げていたのだが平成13年から「貴船」と変わった。もっとも私の所も、平成17年から「八幡平市」となり、市とはいえあのころはずい分と深山幽谷のイメージと見られて観光質問を頂くことが多かった。

  「ゴッホ展観むと出で来て太宰府の寒風とどろく苑を横切る」先年開館した福岡国立博物館に、ぜひ一度と思いつつ私はまだ果たせずにいる。絵画、音楽、また信仰厚い氏の歌集にはどこを開いても高い芸術性にひきこまれる。「民族の誇は斯くといふまでにスメタナの交響詩〈わが祖国〉響(な)る」「生きてゐるうつつが奇蹟と称(たた)へたりピアノの哲人ルービンシュタイン」ショパンもベートーベンも随所に出てくるが、この2人の音楽家に作者の思い入れと哲学が感じとれて、チェコ、ロシアへの時代性と祖国の背景を重ねとった。

  「虫干しにならべしおもて百余り二百余の眼が天井凝視(みつ)む」集中にいくつか奥様の面打ちの歌がある。「檜木より生まれ給ひし俊寛の面(おもて)の愁ひ、春のわが家に」この世界の特異性。春のわがやで百個の能面の虫干しとは、二百余の眼の凝視とは、思うだに背筋がふるえる。そして「自(し)が打ちし十寸髪(ますがみ)付けて〈逆髪〉を演ずる妻が橋掛り来る」と詠まれる。自作の面を付けて摺り足に来る妻、それを見守る夫。ひと筋の橋掛りが虹のような輝きを見せるか。演者の緊張感と見巧者の祈りが舞台の上に交錯する。「充実の歌集読む間に時は逝き冬のひと日は寒く暮れたり」まるで今の私の心情そのもの、充実の一書を机上に熱い興奮に包まれている。
  (八幡平市、歌人)


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