盛岡タイムス Web News 2012年 2月 27日 (月)

       

■ 〈大震災私記〉125 田村剛一 ハエの大発生

 「暖かくなったな」と思うようになったのは、5月に入ってからのような気がする。それまでは、実際に寒かったこともあるが、気持ちの上で、暖かいという気分にはなれなかった。

  暖かくなって困ったことが起きてきた。「田村さん臭いませんか?」周りの人にそう言われるようになった。それに気づかなかったわけではないが、周りの人たちにいらぬ心配をかけてはいけないと思い、口をふさいでいた。

  毎年、春先になると変な臭いが漁師町を覆った。網上げをして網を乾かすころに出る臭いだ。今年はそれに輪をかけるような悪臭。

  「近くに亡くなった人でもいるんじゃないかな」という声を聞いたこともある。辺りを見渡したが、それらしい気配はなかった。

  実は、海岸近くに何十軒もの水産加工物や冷凍工場があった。そうした水産化工施設が一軒も残らず被災した。そこに原料や製品として保管されていたもの、サンマ、タラ、ワカメ、コンブなどの海産物がすべて流された。

  わが家の風呂場には、どこから侵入してきたのかイワムシや首のないサメ…。裏庭には、何十ぱいものイカ。イワムシは、風呂釜の中でゴソゴソ動いていた。生きていたのだ。それに家の中には漁網やカゴ、はえなわ道具、もちろん、家の中に入ってきた流れ物は、すべて外に出した。そのため駐車場はがれきの山。

  寒い3月中は、外に出したイカやサメも苦にならなかったが、暖かくなるとそれが腐り、悪臭を放ち出してきた。

  町中を覆った悪臭は、私の所に流れて来た魚の類ではなかった。水産加工施設の中には大量の海産物が貯蔵され、それが気温が高くなるにつれ、腐り、悪臭を放つようになってきたのだ。木造家屋の解体撤去は5月中にはおおむね終わったが、鉄筋の水産加工施設は解体が遅れた。そのため悪臭も長引いた。

  実はそのころ、困った現象が起きていた。ハエの異常発生だ。海に至る道で、真っ黒な木片を見つけた。なんだろうと思い、足で蹴るとパッとハエが散った。黒いものはすべてハエだった。同じようなことが、わが家の庭でも起きた。大きながれきは片づいたが、小さながれきはいくらか残った。そこにハエが。殺虫剤を吹きかけると一斉に散って、今度は、家の外壁やガラスに留まる。その数は数え切れないほどだった。このハエ、大型で真っ黒。気持ちが悪かった。テレビでも放送されたようだ。

  そのことを知って、妻の妹たちがハエ取りリボンや殺虫剤を持参で、東京から震災見舞いにやって来た。この大ハエ、家の中にはあまり入り込まなかった。それに比較的短期間で姿を消した。これで助かった。悪臭とハエ騒ぎが長引いていれば、町はもっと混乱したこと間違いない。
(山田町)


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