盛岡タイムス Web News 2013年  7月  1日 (月)

       

■  大清水多賀本店閉店へ 土用丑の日に 盛岡の老舗料亭141年で幕 大手不動産へ敷地売却 客数減などで存続断念

     
  大清水多賀本店7代目の細川昭社長  
  大清水多賀本店7代目の細川昭社長
 


  盛岡市清水町の大清水多賀本店(細川昭社長)が7月31日、創業141年の老舗料亭の幕を閉じる。存続も検討したが、来店客数の伸び悩み、建物等の維持管理費増、事業継承問題などで、閉店を決意。22日の土用丑(うし)の日を最後に営業を終え、31日に看板を下ろす。従業員23人は31日で解雇。閉店後の建物は解体され、敷地は首都圏の大手不動産会社に売却する予定。宴会や会合などで同料亭を活用してきた経済人からは、惜しむ声も出ている。

  同店は1872(明治5)年創業。細川正五郎、サダ夫妻が腰掛け茶屋を始め、お茶餅、トコロテンなどを売っていた。「多賀」の店名で、酒やうなぎを出すようになったのは、77年。既に惣門かいわいは繁華街を形成しており、同店は地の利を得て、活況を呈した。

  79年ころには、旧本館を建てる。その後、改装や拡張などを行い、盛岡芸妓(げいぎ)の文化振興の一翼を担う盛岡の料亭の一角を占める。現在の多賀本店は1923(大正12)年の建設で、明治、大正の建築文化を今に漂わす。

  昭和初期から結婚式場としても活用。以来、日本料理、西洋料理の提供から仕出し・弁当出前など配達業務なども行い、幅広い仕事に携わってきた。戦後は高度経済成長の時代に、東北でもトップクラスの料亭として成長。しかし、80年代以降は各地の冠婚葬祭関係の開館が相次ぎ、食生活の洋風化などで成長は鈍化傾向に転じた。

  2001年に、和室の畳式を、イス席に直したり、段差解消のバリアフリー化などリニューアル。ミニ懐石を出すなど、新メニューも工夫した。

  現在の2階建て建物と敷地の面積は約4300平方b。四つに仕切れる180畳の大広間と6つの個室がある。敷地内には、1205平方bの保護庭園がある。市には指定解除の手続きを申請している。

  閉店に関して、7代目の細川社長(64)は「最近の売上げは横ばいの状態。しかし、最新の冠婚葬祭施設が誕生し、宴会規模の縮小化などの流れを踏まえると、今後は当店のような昔ながらの業態では生き残れない。古い建物の維持・管理費が増え、庭の手入れには人も金もかかる。税金も多額で土地の維持・管理も厳しい」と理由を語る。

     
  7月31日で幕を閉じる大清水多賀本店  
 
7月31日で幕を閉じる大清水多賀本店
 


  「この店と土地を継承する身内がいなかった。先代からの貴重な遺産。何とか存続してもらおうと、幾つかの企業に打診したが、建物の改装や維持費と同種の商売では、経営が難しいと断られた」と残念がる。

  細川社長は「最後に大手不動産会社と交渉して売却を決意した。7月中に仮契約する。解体などは未定」という。「この141年で盛岡、岩手の各地の伝統に沿い、冠婚葬祭をしてきた。地域独自の食文化も伝えてきた。岩手、東北の調理師の修業の場としての役割も果たした。一つの役割を終えたと思う。樹木や石は市に寄贈したい」と今の気持ちを語った。

  熊谷祐三盛岡ガス社長は「うなぎの蒲焼き、卵焼きは格別だった。当社でも利用していた」と残念がる。元持勝利盛岡商工会議所会頭は「当会議所の近くにあり、会合などでも活用した。四季折々の庭がある老舗が閉店するのは極めて残念」と話している。


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