盛岡タイムス Web News 2013年  7月  1日 (月)

       

■  〈幸遊記〉130 照井顕 村井洋介の響奏ドラムス


  岩手出身のジャズピアニスト・故本田竹広(彦)のレコードデビューがジャズを好きになる決定的出合いとなった僕。以来今日までジャズを聴き続けてきた40数年の思いは、本田に続くプロのジャズミュージシャンが岩手から生まれ出てくれることだった。

  大槌から、臼沢茂(tp)のちに宮古から畠山芳幸(b)らが上京しプロ活動。僕は何よりも、その決断と実行に拍手を送ったものでした。盛岡出身の村井洋介さん(51)もその一人。彼は世界的な名ドラマーだった故小津昌彦さんの弟子で、彼のボーヤからの叩き上げドラマーであることからか、マーサ三宅、テリー水島、細川綾子、水森亜土、小美濃真弓、ドリーベイカー、フレディコールら、トップクラスの歌手たちからの絶対的信頼を受けながらも、新進やアマチュア歌手の果てまで、実践的歌伴に付き合い、それを録音し、アドバイスする、個人教授的存在でもある。

  時折盛岡に帰省し、僕の店でも演奏してくれる。毎年9月に開催している、紫波の「あづまね山麓オータムジャズ祭」にも何度か彼のグループにも出演してもらってきた。そう!1989年、陸前高田で開いた第2回「日本ジャズ祭」(女性がリーダーの8グループ出演)に、ニューヨークからの「秋吉敏子・ジャズオーケストラ」の招聘元ロードマネージャーとして、来たことも鮮烈。

  彼、村井洋介さんは1962年3月11日生まれ、上の橋の盛岡正食普及会が実家。岩手高校を卒業、ソシュウ、セラヴィ、真珠苑でバンドマン生活を4年送ったのちの上京だった。「師匠のボーヤをやったお陰の人脈が今の僕を支えてくれている」のだと、今も師に感謝の日々。父・村井良和さん(79)、母・栄子さん(88)も共に正食で元気。

  夢は、いつ何処で演っても「来てくれたお客さん達に幸せになって帰ってもらうこと」。「演奏を聴いた人にありがとう≠ニ言われる事はこの上ない喜びでもある」と言う村井さん。結婚3回、3度目の正直で、よくケンカをしてお互いの気持ちを響かせ奏で合うことで生まれた2人の子どもだから、名前は響くん(10)と奏ちゃん(5)。結婚12年目である。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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