盛岡タイムス Web News 2013年  7月  7日 (日)

       

■ 杜陵随想 「ビール」と宮沢賢治 伊能専太郎

 ビールがおいしい季節になった。統計によれば、ビールの消費量は7月、8月が断然多い。当然だろう。一方ワインは、ボージョレー・ヌーボーが話題となる10月から消費が増え始める。日本酒にこだわる人も、夏日・真夏日ともなれば、まずは冷たいビールからとなるのではないだろうか。

  『精選版日本国語大辞典』の「ビール」の説明だが「殊外悪敷物にて、何のあぢはいも無御座候」とあって笑える。1724年刊『和蘭問答』という書物にあるらしい。和蘭はオランダだ。見た目が馬の小便のようで「何だ、こりゃ?」と恐る恐る口にしたのだろう。

  それからちょうど200年後、28歳青年宮沢賢治は張り切って農学校の教師をしていた。賢治の作品にも「ビール」が出てくる。

  「くずれかかった煉瓦(れんが)の肥溜(こえだめ)の中にはビールのように泡がもりあがっています。さあ順番に桶(おけ)に汲み込もう。そこらいっぱいこんなにひどく明るくて、ラジウムよりももっとはげしく、そしてやさしい光の波が一生けん命一生けん命ふるえているのに(中略)もうどんどん泡があふれ出してもいいのです。」(『イーハトーボ農学校の春』)

  今の生徒たちに「こえ」とか「しもごえ」が分かるだろうか。仮に意味が分かったとしても、目にする機会もないだろうから、泡立っているイメージなどわいてもこないだろう。

  そもそも今どき肥だめは珍しい。小学生の田植え体験は新聞やテレビで報じられるが、くみ取り体験学習は聞かない。不衛生とか言って、まず保護者が騒ぎそうだ。(生徒も騒ぐ!)

  子どもの頃に聞いた昔話だが、夜の山里でキツネにばかされた酔っ払いが、いい湯だな、などと上機嫌で入るのが肥だめだった。 

  酔っぱらっていなくても、たまに落ちる人がいた。雨水を避けるために覆いがかかったりもしているが、粗末な覆いで、上がれば踏み抜いて落ちたりした。

  「汚(きった)ねー」と顔をしかめる人を賢治は想定済みだ―「いったいどんなものがきたなくてどんなものがわるいのでしょうか。」(同、中略部分)

  肥だめには貴重な糞尿がためこんであったのだ。時間をかけて十分に発酵させて初めて用をなす。農作物はこれで元気になる。言ってみればビールと同じ。疲れてしおれた心身が、冷たいビールで元気になる。

  ビーナスは海の泡から生まれ、ビールの泡から新しい自分が生まれる。ビールの泡は豊穣(ほうじょう)の大地から生まれ、大地を肥やすのが泡立つ黄金のこやし…実に愉快だ。今日のビールは一味違う。
  (盛岡市本宮)



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