盛岡タイムス Web News 2013年  7月  22日 (月)

       

■  〈幸遊記〉133 照井顕 宮沢昭のジャズの魚たち


  音楽になる前のたった一音で、僕を魅了させ、ジャズを感じさせてくれた故・宮沢昭さん(1927年12月6日〜2000年7月6日)は、日本のモダンジャズ胎動期の1950年代前半、伝説のピアニスト、故・守安祥太郎や穐吉敏子と邂逅(かいこう)し、白熱の演奏で日本のジャズ界を刺激し、成長させた、日本最高峰のサックス奏者。

  自ら作曲した曲には「山女魚」「岩魚」「虹鱒」「川鱒」「あゆ」「ブラックバス」「キャットフィッシュ」「キングサーモン」「シーホース」。はたまた「ブルーレイク」「ダンディフィッシャーマン」「フライキャスティング」など、魚の名前、釣り場、釣り人、釣りの仕掛けに至るものまで、その徹底したタイトル付けをしたジャズマンは、世界広しといえど、釣り好きの宮沢昭唯一人であった。

  「演奏も、そのイメージ、例えば、山女魚はスリリングですばしっこく。岩魚は神秘的に、鮎は優雅に。キャットフィッシュ(なまず)はおとぼけと、そういう風に!」と、僕に分かりやすく語ってくれたのは1987年。

  彼は1950〜60年代に日本ジャズ界をけん引し、70年のアルバム「木曾」を発表後は、歌手、越路吹雪(1924〜1980)の伴奏に徹した。80年代はジャズ界に復帰し「マイピッコロ」「グリーンドルフィン」「ラウンド・ミッドナイト」などのアルバムを次々と発表、そのたびに、SJジャズディスク大賞・日本ジャズ賞を受賞した、すご腕だが、とても温かく優しい人でした。

  長野県松本市に生まれ「中学卒業後に陸軍戸山学校の軍楽隊で音楽を勉強、同級生に、作曲家の故・団伊玖磨・芥川也寸志らがいた。終戦後上京し銀座のクラブでアルトサックスを吹いたが、楽器を盗まれ、仕方なく友人から中古のテナーサックスを譲ってもらい、テナーマンになった」と言う。

  「ジャズは常にチャレンジ。つまり即興ということでは世界選手権と同じ真剣勝負。ジャズの中に日本人を表すこと、その土地、土地の性を出す。それが世界に通用するってことです。ハングリーは仕方がない。しかし“心のゆとり”はある」そう言って、幾度となく日本ジャズの街だった陸前高田に来て演奏してくれたものでした。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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