盛岡タイムス Web News 2013年  7月  31日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉182 三浦勲夫 壁の穴


 2階の洋間のパネルの壁に小さい四角の穴がある。タテ3a、ヨコ1aほどでそこにこいのぼりのおもちゃが差してある。孫息子が震災の年の秋に盛岡で生まれ1カ月半を過ごした部屋だ。翌年の5月、月齢8カ月の時に東京からまた来て、その折に家人が差し込んだこいのぼりだ。なんの穴かといえば震災で大きな窓枠が外れて壁にぶつかった。その時の穴である。割れた大ガラスは、はめなおし、出産前後の用意を整えた部屋だ。すっかり他の部分はきれいに修理したが、穴がいまだに残っている。孫の出生前から後にかけての時間が詰まっているようなタイムトンネルである。少々みっともないが。

  孫は5月、8月、11月と東京からやって来る。寝返り、ハイハイ、タッチ、ヨチヨチと成長し、今年5月には一緒に家の周りを歩けるまでになった。今は発音の数や言葉の数が少しずつ増えている。東京と盛岡の間で時々、パソコンを利用して映像を見ながら話し合う。便利な時代になったものだ。

  娘が出産予定を告げてよこしたすぐ後に、東日本大震災が発生した。あの日、こちらは夫婦で繋(つなぎ)にある介護施設を見学に行っていた。母親の加減が施設通所あるいは滞在を迫っていた。突然、今までに経験したことのない強い、長い地震に驚いて、急ぎ帰宅した。家の中は足の踏み場もない混乱を呈していた。母は無事だったが、母の居住部分が特にひどかった。あれ以来、母親はショートステイが始まり今は4カ所目に長期滞在している。母親の掛け時計は3月11日の2時50分あたりを指したまま止まっている。壁から落ちて止まったものだろう。時計を見るたびに、あの日の光景と母の姿がよみがえる。

  われわれの居住部分にも被害があったが、昨年の夏にリフォームをした。畳を取り去ってバリアフリーの床にした。浴室は明るい人造大理石のものに変えた。建具も一変して障子も紙ではなくて、破れない薄いプラスチック製となった。築37年といえばかなり古い。しかし両親の部分とわれわれの部分をつなぎ合わせた構造の家である。新築は当分不可能である。古いながら、狭いながらも楽しいわが家、である。時とともに家も変容する。人も変容する。いつの日か親の住んだ部分も修築しなければならないだろう。

  介護施設に母を訪問し、昔のことや今のことを話し、車いすを押して施設内を回り、入り口から外に出て外気を吸う。「ああ、いい気持ち」と母は喜ぶ。夏の緑が広がっている。2年前の東日本大震災も、90年前の関東大震災も体験した人生である。その間に来た「戦争」「終戦」も何とかしのいだ。きょうは7月の最終日曜日。東京から弟も来てわれわれと一緒に母と会う。

  この世は空間と時間からなる4次元の世界だが、理論的にはもっと大きな次元がある。時間も空間も「層」をなしているそうだ。そこでは光速よりも早い速度で「旅」をすることができる。その謎の基礎部分を解き明かすのがILC(国際直線加速器)の巨大施設なのだそうだ。高速で飛ぶ粒子を衝突させて宇宙誕生時の「ビッグ・バン」状態を再現するとか。そうなれば4次元世界の感傷などには浸っていられない。しかし宇宙の微粒子である人間にとってはやはり大事にしたい4次元感傷である。
(岩手大学名誉教授)


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