盛岡タイムス Web News 2013年  9月  11日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉188 三浦勲夫 ムーンライト・セレナーデ


 母親は介護施設暮らしが2年半となる。母宅の客間も主(あるじ)不在で2年半である。使われるのは盆と正月に客が来る時くらいである。隣接するわが家で私が仕事をするときは2階の私室か、ダイニング・テーブルか、パソコン・テーブルとなる。2日前、誰もいないがらんとした母の客間のテーブルで、初めて仕事をしてみた。静かである。父が他界してから10年間、母はここで本を読み、絵を描き、兄弟姉妹や親類に電話をしていた。夕食は、わが家に来て共にした。そのような生活が10年続いた。

  さまざまな思いや思い出がこもるこの部屋はなんとなく特別な場所で、いつも同じたたずまいである。しかし、客を迎えてこの部屋を2年半も使う間に、少しずつ空気にもなじんできた。孫が来たりして自分の家が騒がしい時には、この部屋に「避難」すれば仕事もはかどりそうだ。母も悪くは思うまい。実際、この文の下書きもこの部屋で行った。CD音楽を録音しては聞きながらの下書きである。グレン・ミラーのスイング・ジャズ、60〜70年代のフォーク歌手、ジュディ・コリンズの歌、その他の懐メロ英語曲である。ジュディ・コリンズを除けば、若いころに聞きなじんだ曲である。

  文の題もグレン・ミラーの名曲「ムーンライト・セレナーデ」になった。なぜか? 私はこの曲を聞くといつも母方の祖父母の家に暮らした18歳の1年間を思い出す。いや、その1年の中の一日を思い出す。盛岡の高校を卒業して、埼玉県与野市(現在はさいたま市)で暮らし始めた。6月ころだった。夕食を済ませて自室に戻るとラジオをつけた。流れた曲が「ムーンライト・セレナーデ」で、じっくり聞いたのはそれが初めてだった。窓の外に庭の竹が何本か見え、暮れかかる空が見えた。曲が風景と空気に程よくマッチした。スイングの管楽器の共鳴とこぼれる銀の月光のように潤う旋律に聞き入った。

  予備校生活の空虚さを癒やしてくれたのが、祖父母であり、その大きな家に泊まっていた、いとこや遠縁の若い人たち4人だった。あるいは時折出会う高校同期生たちだった。そうした縁者や友人たちも、あれ以来、家庭を持ち、かなりの年を取り、あるいはもう思い出だけの人たちとなってしまった。自分の両親や弟妹も同様である。

  今、母が不在のその客間で聞く「ムーンライト・セレナーデ」の流麗なメロディーは、あの時とちっとも変らない。しかし、「歌は世につれ、世は歌につれ」で、時代も人も大きく変わった。客間にも、そしてワンフロアで隣接する仏間にも、亡くなった人たちの大きな写真が額に入れて飾られている。4人の祖父母、数人の叔父叔母、1人の曾祖父、義弟。若かったころの両親の写真もある。

  そうした血縁や義理の縁者たちの写真が、この部屋をなんとなく厳粛にしている。しかし考えれば自分も血族の一員である。いや、それ以外の人たちとも同じ人間として自分の一生をたどってきたし、たどり続けることになる。あの日に強く引かれたメロディーが今こうして、昔と今の自分、縁者、友人、他人を不思議な糸で結びつける。両親宅と、わが家をつなぐドアを開けておくと、愛犬ロックが私に会いにやって来た。ここにも糸がある。「そうか外に出たいか」と、私は他の曲も流したまま犬と外に出た。
  (岩手大学名誉教授)


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