盛岡タイムス Web News 2013年  9月  11日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉350 伊藤幸子 雪加の声


 くまもなく芦は揺れつつ絶えだえに雪加の鳴けばいのち想ほゆ
                                   近藤孝二

 晩夏、一冊の美しい歌集をいただいた。名古屋市の近藤孝二さんの第六歌集「雪加啼く」である。私はこの「せっか」という鳥を知らず「電子辞書に雪加啼く声を二度三度聞きて歌集の礼状を書く」と、わが机上を詠んだ。雪加とは「スズメ目ヒタキ科ウグイス亜科の小鳥。草原に棲(す)み黄褐色で尾を扇状に開く」とあり、その鳴き声も聞いた。

  3首組み、519首を収めるこの本は下段3分の1ぐらいに17行の随想も組まれ、歌とエッセーの豊潤な世界が展開される。「…再びたどる皆瀬川べりの路は一面の青葦が揺れに揺れ、その空のどこからか雪加がヒッヒッ、ヒッヒッと、はかない声を絶え間なく降らすのであった」というが、電子辞書の声はチッチッという合間に舌打ちのような音が混じる。形状を大体把握して、知多半島また新四国八十八カ所霊場巡りの旅の歌を味わいたいと思う。

  「田の水のぎらりと揺れて写りゐしすずめのとうがらし花影消えつ」「しけ土にみみずのいろの茎もたげたかさぶろうも花つけにけり」「零余子(むかご)なむ採りてあそぶにうつつなし鶲(ひたき)火を打つ本堂の上に」「ががいもが葉脈しろき千の紋岸に織り敷き秋たけにけり」なつかしい名前の植物たち、ひらがな表記が余情と物語性を加える。もうすぐ、むかごも取れるだろう。

  217ページの巻末に「植物名一覧」が表記されてあり、231種の植物が図鑑のように並んでいるのも本書の特色だ。氏は昭和5年生まれ、第一歌集「獅子座さかしま」は昭和57年ごろのイラン・イラク戦争のただ中に現地赴任された緊迫の職場詠が話題を呼んだ。若く、野鳥の会の探訪や植物分類学の研究などの多彩な活動が作品世界を彩っている。

  「●(蝉の旧字体)しぐれ浴びて師と在りかくばかりかなしきものか遊びといふは」近藤さんが師と呼ばれる方は「私淑した加藤秀次郎先生の新四国巡礼知多半島植生調査行にあえて随行した」と述べられる研究者。当時80歳を超えておられて、随行された氏が今、その年齢にさしかかっているとして、この集を「亡き師、亡き妻に捧ぐ」と記されている。

  私は今、氏の6冊の歌集を広げている。その1冊に「榛名湖の波止に拾ひしヒルムシロ手帳に乾き葉の透くあはれ」のメモ紙がはさまれていて、二昔も前の吟行風景が思われる。氏の筆跡は往時のまま、「かくばかりかなしきものか遊びといふは」ふと、●(蝉の旧字体)しぐれが遠ざかる。
    (八幡平市、歌人)


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