盛岡タイムス Web News 2013年  9月  12日 (水)

       

■  時代超え地域文化育む 23日に記念式典 盛岡劇場が100周年


     
  大正の開館当時の姿の盛岡劇場  
 
大正の開館当時の姿の盛岡劇場
 

 盛岡市松尾町の盛岡劇場が23日で開場100周年を迎える。1913(大正2)年に元の盛岡劇場、戦後の谷村文化センターとその後の閉館期を挟み、90年に現在の盛岡劇場・河南公民館が開館、通算1世紀の歴史を刻む。23日には記念式典を行う。劇場のロビーでは100周年にちなみ、ゆかりの品や写真を展示している。

  盛岡劇場は大正時代に盛岡劇場株式会社が建設、運営した。辰野金吾・葛西萬司事務所が設計し、木造3階建てのルネサンス様式で建てられた。

  当時は仙台を上回る東北一の劇場で、人口4万3千人の盛岡に破格の威容を誇った。13年9月23日のこけら落としは、松本幸四郎一座を、90年の新劇場のこけら落としには当代の幸四郎を迎え、文化の血脈を引き継いだ。

  大正から昭和戦前にかけて歌舞伎、大衆演劇、新劇など中央の一座が来演する一方、盛岡を拠点にした太田カルテットが、室内楽の公演を開くなど、岩手の芸術文化を育てた。

  戦時中の統制時代を経て、戦後は56(昭和31)年に谷村文化センターに改称。68年まで会館として運営し、以降は倉庫に利用され、やがて廃虚化した。

     
   盛岡劇場のロビーでの100周年記念展  
   盛岡劇場のロビーでの100周年記念展
 


  70年代後半に建物の存続が論議になったが、83年に取り壊した。現在の施設は再建を求める市民の声を背景に盛岡市が跡地を取得し、89年着工、90年落成した。

  文化会館と公民館の複合施設として市民に広く利用され、1階のメインホール、地下のタウンホールで県内外の演劇、音楽などを上演。公民館の各室は用途別に各種の団体が利用し、市民活動の拠点となっている。

  100周年に合わせて同劇場のロビーでは旧館ゆかりの品や写真を展示している。大正時代の大入袋、招待券、入場者に貸し出した火鉢などを展示。下足の札から、履き物を脱いで入場していたことが分かる。

  県芸術文化協会顧問の斎藤五郎さんは「昔は市民の情報交換の場で、上演を皆で楽しみに、文句を言う人はいなかった。『ここに座れば見える』『お菓子を持ってくれば』とか言いながら分け合っていた。火鉢を貸していても、一度も火事を起こさなかった。市民が文化的に鍛えられた」と、往時を振り返る。

  地元松尾町で、現在の盛岡劇場の再建に尽力した元盛岡市議の千葉正さんは「期成同盟会を作り、みんなが芸術文化の振興を目指して機運が満ちていた。盛岡の市制100周年を記念した建物なので、100周年を機にさらに盛り上げたい」と話した。

  盛岡劇場の千葉芳幸館長は「100周年事業を準備するため、さまざまな人に話を聞き、相当の資料があることが分かった。今、残しておかなければならない。歴史を振り返りながら盛岡の文化を発展させたい」と話す。
 


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