盛岡タイムス Web News 2013年  9月  22日 (日)

       

■ 射止めた2度目の夏季五輪 村里敏彰さん(JOC国際専門副部会長)に聞く

     
  招致ポスターを指差し笑顔を見せる村里さん  
  招致ポスターを指差し笑顔を見せる村里さん
 

 盛岡市の村里敏彰さん(62)は日本オリンピック委員会(JOC)の国際専門副部会長として、2020年の東京五輪招致に尽力した。これまでも1993年世界アルペン(雫石町)、98年冬季長野五輪などの招致に携わってきた。アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会の会場では、関係者とともに喜びを分かち合った。

  村里さんは10日に帰国。マドリード(スペイン)、イスタンブール(トルコ)と競った招致レースの勝因などを聞いた。

  −東京五輪開催が決定した時の気持ちは

  村里 やった! という喜び一色です。自分がやってきたことが実現したと。招致に参加した太田雄貴(フェンシング)は涙を流して喜んでいた。特に若い人たちが喜んでくれて良かった。

  −東京招致の決め手はなんだったのか

  村里 オールジャパンで取り組めたこと。政治家、経済界、行政、スポーツ界、期待する国民が同じ方向を向いたことによる、チームワークの勝利です。

  前回(2016年招致)は、まだ懐疑的な人がいて失敗した。今回は震災などでスポーツの持つ力が見直され、理解が進んだ。

  −村里さんは招致活動でどのような役割を

  村里 以前から親交のあるスキー、オーストリア関係の評議員や長野五輪の時の調査委員会の方々、OCA(アジアオリンピック評議会)の方々に東京のPRをした。毎週のように海外に行きました。

  活動自体はずっとしていましたが、細かく動き始めたのは今年の4、5月から。それまでは国内の招致ムードを高めるイベントに携わりました。

  −最終プレゼンは特に評価が高かった

  村里 高円宮妃久子さまが東日本大震災からの復興支援にお礼を伝え、佐藤真海さん(パラリンピアン)が五輪への思いを語る。最後に安倍晋三首相が日本の安全性を訴える。流れがしっかりしていたことが良かったと思います。

  −五輪で最も楽しみなことは

  村里 震災後の支援活動で、スポーツがフィジカル、メンタル両面で将来の夢やエネルギーになることが証明された。五輪でも子どもたちの笑顔が楽しみです。

  −今後については

  村里 招致活動は今回最高の結果で終わった。私はJOCゴールドメダルプラン(メダル獲得強化計画)などにも携わっているので、そちらの方面からお手伝いをしたい。

  あとは岩手県民としてですが、2016年に国体があるので、そこから4年後の東京五輪につなげる戦略に手伝うことができればと思っています。


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