盛岡タイムス Web News 2013年  9月  22日 (日)

       

■ 盛劇にわらじ脱いだ一座あり 京都のすわらじ劇団ポスター 八幡町郵便局 川村隆雄さん(盛岡市)展示

     
  すわらじ劇団のポスターを手に思い出を語る川村さん  
  すわらじ劇団のポスターを手に思い出を語る川村さん
 

 盛岡市の川村隆雄さんは、盛岡劇場の往時をしのぶ貴重なポスターを保管している。京都市の一燈園すわらじ劇団が1957年に公演した際のポスターで、川村さんは小学生のころ観劇した。盛岡劇場の100周年にちなんで盛岡市八幡町の盛岡八幡郵便局で展示している。川村さんはすわらじ劇団の中心メンバーの木村進次氏にポスターの思い出を尋ねたところ、当時の盛岡劇場を懐かしむ返信があった。

  すわらじ劇団は京都を本拠に全国で公演し、約80年の歴史がある。ポスターは盛岡劇場が谷村文化センターに改称する年の1957年の公演で、日本の国連加盟の記念公演の冠を付けた。「父の声母の声」「白隠」「泥濘」「初すがた」の演目で、全国公演の一環に盛岡劇場を訪れた。

  川村さんは「わたしの盛岡劇場の思い出は小学生のころ父に連れられて、京都のすわらじ劇団の公演を見たこと。家に保管していたポスターを見て思い出した。8月に昔のポスターがあるとすわらじ劇団に電話すると、木村さんに『それは盛岡劇場でわたしも演じている』とのことだった。わたしがその後、国立劇場でもすわらじ劇団を見たと言うと、話が弾み、数日後に丁重な手紙をいただき、劇団の50年誌、70年誌を贈呈してもらい、感激した」と話す。

  川村さんは「調べてみると、すわらじ劇団は1941年9月20日に『真如』『討たれの旅』を上演して以来、盛岡は恒例の上演地になった。それまでは大都市の公演が中心だったが、盛岡で村井弥兵衛さんやわたしの父ら、一燈園の精神に共感する人に招かれてのことらしい」と話す。

  一燈園すわらじ劇団は当時からボランティア精神を基本に運営し、盛岡公演の際も劇場周辺の清掃奉仕などをしていたという。川村さんは「わたしが観劇した当時の人々は既に他界し、当時のポスターもこの1枚だけになった」としみじみ。盛岡と劇団の縁に感慨を深くしている。

  木村氏の返信によると、盛岡劇場での公演の際、村井弥兵衛氏のもとにわらじを脱いだエピソードは、劇団の歴史の中で、語りぐさになっているという。盛岡劇場の100周年の一コマを劇団の公演が彩ったことを、木村氏は喜んでいる。

 


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