盛岡タイムス Web News 2013年  9月  23日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉142澤口良司のドラマーな人生 照井顕

 僕が盛岡に来て、最初に気に入ったドラマーが澤口良司(64)さんだった。あれは2002年の春のこと。TAKESやSOUND8でのプレイを聴いて、何でもたたける人という印象から、オルガン奏者・鈴木清勝さんが東京からやって来るという時、ドラマーを探してると言うので澤口さんを推薦した。以後、彼は藤原建夫トリオのレギュラーを務めながら、自己のトリオでの歌伴も随分とやってくれている。

  4月から10月までの第2日曜午後に、2010年から始めた「盛岡大通・ビック・ストリート・ジャズライブ」も3年で20回。そして今年13年8月はビック・ストリート・ジャズフェスティバルと4年間毎回文句の一つも言わず、ただひたすら汗を流しながら楽器や機材を車で運んでくれて、無論後片付けもし、ストリートライブを支え続けてくれた事に、僕は感謝しても、しても、しきれない位なのだ。彼がいなかったら、とても続けられなかった。

  それなのに、冬には茶餅、春になれば山菜を、夏には岩魚、秋にはきのこ、などなどを自分で採ってすぐ料理できる状態にまでして、店に度々持って来ることすでに10年。新鮮この上ない天然物を居ながらにして食べさせていただける幸せ。

  澤口良司さんは松尾村(現・八幡平市)に昭和24年4月22日、農家の長男として生まれた。盛岡農業高校と畜産講習所を卒業し、家畜の人工授精師の資格を持つ人だが、ビートルズが来日した時にTVを見て以来、バンドをやれば女の子にもてると思い、親に頼み込んで買ってもらったのがドラム。エレキバンド全盛時テレビの演奏を見ながら、ドラムを練習したから、右利きなのにドラムだけは左利きになったと笑う。

  高校時代から他校生とバンドを作り、オリジナル曲をやり遠征もした。学卒後は、昼は農業、夜はドラムを叩く二重生活を15年も続けたと言う。そんな生活から足を洗い、ふとん店に勤めることすでに30年。だがドラムだけはやめられず、アマチュアとして楽しんでいる今も、勉強熱心。そういえば、小学校の先生になった彼の一人娘・志穂さんが、初めて演奏を聴いたという2003年「お父さんって、かっこいい!」と涙ぐんだ日の美しい光景が目に浮かぶ。

(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)

 


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